ノリントン&N響の第9交響曲

良かった?いや、どうかな・・・(悪くはなかったけど)。
うーん、あくまで僕的に微妙。
フルトヴェングラーやバーンスタインやら、いわゆる浪漫的で粘っこい解釈に慣れている耳には多少の違和感がやっぱりある。しかし、これはあくまで好き嫌いの問題。客観的に判断すると名演奏に違いない。
それでも、音盤で聴いたときはもう少し鮮烈な印象を持ったんだけれど、どうも音の軽さとスカスカ感に拍子抜けしたということなのか。指揮者も奏者もすごく熱かったんだけれど、その様子と出てくる音のギャップに少々戸惑ったということか。とはいえ、音楽が進行するにつれ「意味」はよく理解できた(終楽章の出来が一番良かったかな)。
これはもう少しじっくり振り返って考えてみるべき問題かも。

今宵のコンサートは、前半に15分ほどのオルガン演奏。これらが実に敬虔でありながら決して堅苦しくなく、まるでポピュラー音楽を聴くかのような気楽な体勢で堪能できた(第9交響曲の前菜としてはうってつけ)。

FUJITSU Presents N響「第九」Special Concert
2012年12月27日(木)19:00開演 サントリーホール

・ギルマン:ヘンデルの主題によるパラフレーズ
・J.S.バッハ:コラール「主よ、人の望みの喜びよ」(デュリュフレ編)
・ヴィエルヌ:ウェストミンスターの鐘
勝山雅世(オルガン)
・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付」
クラウディア・バラインスキ(ソプラノ)
ウルリケ・ヘルツェル(アルト)
トーマス・モア(テノール)
ロバート・ボーク(バリトン)
国立音楽大学(合唱)
ロジャー・ノリントン指揮NHK交響楽団

第1楽章が13分、第2楽章15分弱、第3楽章12分(速っ!)、そしてフィナーレが22分ほどという快速急行的演奏。アダージョの12分というのはあまりにそっけない。ノリントンの演奏を聴いて感じたのは、彼が第9交響曲を人間ドラマとして捉えるのではなく、あくまで自然讃歌として考えているのではということ。然るに音楽に「人」の気配は感じられない。にもかかわらず、第4楽章に至って、人の声と言葉が侵入する時点で「人間っぽさ」が表出してしまうためどうにも前3楽章とのバランスがとても悪くなるという印象。そう、第4楽章だけがやけに「熱が入る」のである。音楽の性格上それは仕方のないことなのだろうけれど、もう少し第3楽章に入魂してみても良いのでは、と僕などは思ってしまう。プログラムを見ると、「これこそがベートーヴェンだ!」という演奏をご披露しますとノリントン自身が謳いながら、期待ばかり膨らませる結果に終わったような気がしてならない。しかも「第3楽章になると今までとはうって変わって、未来への希望を感じさせてくれるような美しい音楽を聴かせてくれます」と書いた上で、「従来の演奏と大きく違うのは、おそらく第3楽章でしょうね。本当に美しい音楽ですが、本来はそれほどゆっくりとしたテンポで演奏されないのです」と言う。確かにベートーヴェン自身の速度指定はノリントンの言うとおりだから彼のやり方の方が作曲者の意図に忠実なのだろう。でも、やっぱり・・・、と思ってしまうのである(時間を置いて、今現在思い出してみてより一層)。

いや、断っておくが、僕はここでノリントンの演奏を否定したいのではない。確かに最初の2つの楽章も面白かった。スケルツォなどはいかにもノリの良い、(彼の言う)犬が大暴れしているような愉しい音楽だったし。第3楽章も感情移入はできないけれど、自然に対峙して鳥の鳴き声が聴こえてくるような素敵なシーンもあった。これはこれでありだと思う(帰りがけに先日の演奏より今日の方が良かったというお客さんの声を聞いた。終演後の拍手は大変なものだったけど、何だか中途半端な気もした。やっぱりこういうベートーヴェンは賛否両論なのかな)。

ところで、今夜の演奏で一番気になったのは重心。少々軽い。もっとどっしりした重く深い演奏が僕好み。少し爺臭くて、今どきの若者にはそっぽを向かれるだろうけれど、それでも僕は「昔風のやり方」の方がお気に入りということ。


8 COMMENTS

岡本 浩和

>ふみ君
早速に!(笑)
あ、嫌いじゃないけど、好きでもないかなぁ・・・。
ものすごく客観的に聴いて良い演奏だとは思うんだけどね・・・。
何かしら僕の「メンタルモデル」の問題もあると思います。

この辺りはもう少し勉強しないとだめかも。
懲りずに逆にいろいろと教えてください。

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岡本 浩和

>ふみ君
それと、N響ってノリントンの解釈に慣れてるのなかぁ?シュトゥットガルトの音盤で聴く限りはもうちょっといろいろ感銘を受けたんだけどね。
どう思います?

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みどり

お疲れ様です。
「第九」については岡本さんにお任せを。とても追い付けないので(笑)。

ヴィエルヌ、いいでしょう? 「ウェストミンスターの鐘」(幻想的小品集
Op.54の第6曲)は代表曲の一つですよね。
オルガン好きには堪らない作曲家の一人です。
「主よ」の編者のデュリュフレの先生で、ヴィエルヌが自身の最後の
リサイタルの演奏中に亡くなった時、ストップ助手を務めていたのが
愛弟子のデュリュフレだったという逸話は、胸に迫るものがあります。

日本では一般的に知られていないようにも思われますが、ピアノや
オルガンの小品にも佳曲があります。
是非、読者の皆様にも聴いてみていただきたいと思います。

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岡本 浩和

>みどり様
ヴィエルヌ良かったですねぇ。
なるほど、デュリュフレとの関係については知りませんでした。
いろいろと聴いてみようと思います。
ありがとうございます。

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ふみ

行けなかった悔しさから早速コメントしてしまいました(笑)

N響の演奏を聴いていないので、あくまで予想ですが、まずN響ではノリントンの理想とする音は出せないんでしょうね。まぁ、パーヴォを常任指揮者に選んだ辺りから「ピリオド奏法にも力入れまっせー」という姿勢は見て取れますが、そう簡単にノリントンの解釈や演奏法を血肉化出来るとは思えません。
ノリントン/シュトゥットガルトとの来日演奏を聴いたのですが、兎にも角にもオケが度肝抜かれる程めっちゃくちゃに上手く、ノリントンの理想はこういう音なんだなぁと心から感心しました。メインのエニグマはもちろん素晴らしい名演でしたがアンコールのローエングリン3幕前奏曲も金管なんて、これぞドイツといった図太い音と音圧で圧倒されました。
あれはやはり10年を超えるお互いの理解からしか生まれないものだと思います。実際にDVDでモーツァルトのリハーサル風景を撮影したものがありますが、ノリントンの意思に対する団員の理解が早いし深い。
岡本さんのおっしゃるシュトゥットガルトとの第九を聴いても分かりますが、やはりN響とは違うのではと。あのレヴェルになるにはN響はまずパーヴォでピリオドに慣れないとですよね。シュトゥットガルトなんて年間コンサートの半分位がピリオドですし、彼らのスタンダードってピリオド、しかもノリントン式のピリオドなんですよね。いくら批判があろうと僕は唯一無二の彼らの存在価値は高く評価します。
あのエニグマは本当に絶品でした…

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » 小澤&パリ管のチャイコフスキー

[…] そういえば昨日のノリントン&NHK交響楽団の第9交響曲は決して凡演ではなかったと思うのだけれど、僕の趣味に合わなかったのか、どうもいまひとつ心を揺さぶられなかった。 オケが […]

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岡本 浩和

>ふみ君
詳細解説ありがとう。
いや、僕には判断しかねるところがあるけど、確かにオケの技術的問題もあるんでしょうね。
そう簡単にはノリントン流はものにできないかもね。
今度機会をみてシュトゥットガルトとの実演を聴いてみたいと思います、懲りずにね(笑)。
そっか、「エニグマ」は最高だったかー。
とはいえ、ベートーヴェンとエルガーではやっぱり違うからねー。

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