千住&ハイドシェックのスプリング・ソナタ

昔、一度だけ千住真理子さんの演奏を聴いたことがある。ルジェロ・リッチ氏との協演でバッハを演った。あと、モーツァルトとメンデルスゾーン・・・。もう25年ほど前のことなので、アンコールのことなどはすっかり記憶の彼方だが、若き千住さんの演奏は可憐ながら、決して線は細くなく、当時70歳のリッチ氏と対等に(決して音負けすることなく)ヴァイオリンを操っておられたことが印象深い。いずれまた実演を聴きつつこの人の進化を追ってみたいとその時感じていたはずなのだが、結局以来一度もステージに触れることなく四半世紀が過ぎた。

10何年か前に、千住さんがエリック・ハイドシェックの伴奏でベートーヴェンのソナタを録音した。第1弾と謳われていたんじゃなかったか・・・。しかしながら、これ以降少なくともハイドシェックとのデュオで継続的に録音は行われていないはずだから、結果的に単発の企画で終わってしまったのだろうか。実演は愚か、彼女の「記録」のリリース情報すらノーチェックで我ながらいい加減なものだ。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調作品30-2
・ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」
・ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調作品30-3
千住真理子(ヴァイオリン)
エリック・ハイドシェック(ピアノ)(1998.6.17-19録音)

昨日の講座で僕がお伝えしたポイントは3つ。ベートーヴェンの「挑戦と革新」において重要点は、彼が幼少時から父親の虐待に堪えながら一方で不屈の精神を養ったこと。そして、1802年頃の耳の疾患の悪化による「遺書」を書き留めたことによる自己開示と受け容れ。さらに幾度もの引っ越しによる断捨離。彼の創造力の源泉はおおまかにそういうところからではないかという推測である。
ところで、作品30のソナタはちょうど1802年に書き上げられたものだ。自身の内側の葛藤と闘いながら、ベートーヴェンは勝利する。ハ短調ソナタの第1楽章第1主題はハイドシェックが言うように「熱情」と同質のもの。そして第2主題は変ホ長調で奏される。この♭3つの表裏が実に調和を標榜するように僕には聴こえる。そう、すでにこの時点でベートーヴェンはもう「わかっていた」のである。
ト長調のソナタは明るい。モーツァルトのような愉悦感。とはいえ、明らかにベートーヴェンの語法。
もうひとつ、有名なスプリング・ソナタ。ハイドシェックのピアノの何と優雅で柔らかいことか(彼のベートーヴェンはやはり別格)。

ここでのハイドシェックは随分大人しく聴こえる。基本的に千住のヴァイオリンを引き立たせるべく伴奏に徹しているように思えるが、さにあらず。ライナーノーツのエリック自身による詳細な曲目解説を読むと、おそらくハイドシェックがイニシアティブをとっているのだと思われる。そういう視点で聴いてみると、つまりピアノ伴奏部に意識を置いて聴いてみると発見が大いにある。そういう名演、名盤だと思う。

ちなみに、前述のコンサートの内容は以下の通り。企業のメセナ活動が盛んだった時期。
日経ミューズサロンスペシャル
富士通コンサートシリーズ
ルジェロ・リッチ/千住真理子 協奏曲の夕べ
1988年6月15日(水)19:00開演
サントリーホール
ルジェロ・リッチ(ヴァイオリン)
千住真理子(ヴァイオリン)
イルジー・ビエロフラーヴェク指揮日本フィルハーモニー交響楽団
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調K.218(千住)
・J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043(リッチ&千住)
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64(リッチ)


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