サロネンの「エディプス王」を聴いて思ふ

stravinsky_oedipus_rex_salonenところで、あらゆる秩序はひとつの拘束を要求する。けれども、自由に対する足枷をそこに見るのは間違いだろう。まさに逆で、格調、拘束は自由の開花に寄与し、自由が単なる放縦となるのを妨げるばかりである。
ストラヴィンスキー自伝「私の人生の年代記」P153

イーゴル・ストラヴィンスキーの音楽が実に革新的でありながら、決して調和というものを放棄しておらず、1世紀近くを経た今でも多くの人々に聴かれ、古典としての地位を保つのは、彼自身の言葉を待つまでもなく、彼が音楽の、あるいは物事の本質が本当にわかっていたことによるのだと思う。
そのことは、いわゆるバーバリズムの時代から新古典主義という時代を経て十二音音楽時代、どの時代の作風をとってみても明らか。カメレオン作曲家と揶揄されながらも、ディオニュソス的側面を前面に押し出した作品からアポロ的側面を表出した作品を俯瞰してみて、通底するのはストラヴィンスキーの個性であり、それが何ら変わらないことが驚異。

ストラヴィンスキー音楽は時に地味で漆黒の様相を呈する。表面的な絢爛豪華さを一切排除し、内的、つまり精神的充実を重視した作品群を聴くと、それらが彼の思考の産物でありいかに彼が理性的な人間であったかがよくわかって面白い。

特に、ロシア革命により祖国に残した財産一切が没収され、生きる希望を半ば失いながらも懸命に仕事をし、生きようとした1920年代以降の作品は聴く者の心を捕える。例えば、1926年から27年にかけ、ディアギレフとロシア・バレエ団の創設20周年を記念して書かれたオペラ=オラトリオ「エディプス王」。1時間にも満たないこの作品は、音調も極めてモノトーンで、ラテン語のテクストを使用している点から見ても宗教色の濃いものだ。

ストラヴィンスキー:「エディプス王」~ソフォクレスの悲劇によるオペラ=オラトリオ全2幕
ヴィンソン・コール(エディプス王、テノール)
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(イオカステ、メゾソプラノ)
サイモン・エステス(クレオン、使者、バス)
ハンス・ゾーティン(ティレシアス、バス)
ニコライ・ゲッダ(羊飼い、テノール)
パトリス・シェロー(語り手)
スウェーデン放送合唱団
エリク・エリクソン室内合唱団
オルファイ・ドレンガー男声合唱団
エサ=ペッカ・サロネン指揮スウェーデン放送交響楽団(1991.5.20-22録音)

作曲者はあえてほとんどの人々が理解し得ないラテン語を使用し、ナレーターに劇の説明をさせるという手法をとった。言葉の壁を取り払い、音楽だけでこの悲劇を伝えようと試みたのか?いや、言語が足枷になるだろうことに対し、音楽こそは「自由の開花」に寄与する格調及び拘束をもつ方法だと知った上でそのことに挑戦したのだろう。

彼の意図は十分成功を得る。言語を超え、音楽のみによって「すべてが神によって決定されており、人間の為す術などない」ことを教えてくれる。ちなみに、サロネンの打楽器の扱いは絶大。特に太鼓のそれは聴く者の肺腑を抉る。

ちなみに、音盤付録のブックレットには「武満徹&エサ=ペッカ・サロネン ストラヴィンスキーを語る」と題し、「レコード芸術」1990年4月号掲載の記事が抜粋で収録されているが、そこでの武満氏の話が興味深い。

現在、ストラヴィンスキーを積極的に見ていくと、これまで気づかなかった新しい発見というものがあります。どちらかというと、あの人は人工的にものをつくり上げていくということではすごい天才といわれていたわけですが、そういうアーティフィシャルなものに対して、僕なんかはある反発を感じていたんだろうと思うんだけれども、そうじゃなくて、彼自身の音楽家としてのテンペラメントというのは、やはり並はずれたもので、サロネンさんがおしゃるように、今世紀、私たちが得た偉大な音楽家の一人だったことに、間違いないと思います。

以下、プロローグの語り手の言葉より。
エディプスは、知らず知らずのうちに、超自然的な力とたたかうことになるのです。つまり、死の彼岸から、じっとわたくし共をみつめている、あの眠ることのない神々と。彼エディプスの生まれた瞬間からこのかた、罠がかけられ、やがて、その罠がとかれるのを、おめにかけましょう。
(三浦淳史訳)

武満氏はアーティフィシャルだというけれど、選択した台本は「因果」あるいは「必然」というものをテーマにしているところが面白い。そういうおそらく意識的な矛盾こそがストラヴィンスキーの真骨頂。

 


人気ブログランキングに参加しています。クリックのご協力よろしくお願いします。
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村


1 COMMENT

岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」 へ返信するコメントをキャンセル

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む