
「大公」トリオは、作曲の開始日と終了日が書かれている、ベートーヴェンにしては唯一の作品だそうだ(3週間余りで書き上げられた!)。
時は1811年3月3日から26日のこと。
世界はナポレオン・ボナパルトの絶頂期。
フランス帝国(オランダ、ハンブルク、ローマ等含む)、イタリア王国(兼務)、スペイン(兄ジョセフが王位)、ヴェストファーレン(弟ジェロームが王位)、ナポリ(義弟のミュラが王位)、
同盟国:スイス連邦、ライン同盟、ワルシャワ公国
=人口4,400万人、面積75万平方キロ、130県
1811.3.20. ナポレオンに待望の長子(フランソワ・ボナパルト2世)誕生
ただちにイタリア国王に任命
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P242
領土争い、その拡大のための覇権争いの醜悪さ。後世の我々は、そのわずか数年後にナポレオンも没落することを知っているがゆえの空虚さよ。しかし、そんな世界を尻目にベートーヴェンは創作活動に力を入れ、傑作を生み出していたということだ。永遠不滅の「大公」トリオ。
コロナ禍中の、無観客での収録は返って演奏の推進力とその純粋さを明らかにする。
バーゼルはドン・ボスコ音楽文化センター、パウル・ザッハー・ザールでの録音。
・ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97「大公」(1811)
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)(2021.3.27Live)
メルニコフの、譜面をきっと目を見開いて睨みながらの果敢なピアノ演奏は、おそらくルドルフ大公を髣髴とさせるものだろう(勝手な妄想だが)。3者がぶつかり合い、一つにつながる第1楽章アレグロ・モデラートが見事! ベートーヴェン屈指の名旋律に涙が出るほど。
続く第2楽章スケルツォ(アレグロ)の躍動的パッション!
まるで夜想曲のような第3楽章アンダンテ・カンタービレ,マ・ペロ・コン・モートは、静寂の中から紡ぎ出される音楽の癒しそのものだ。ファウストもケラスも、そしてメルニコフも音楽と共に瞑想する。そして、終楽章アレグロ・モデラートを聴くにつけ、やはりこの作品での音楽的リーダーはメルニコフであることが目に見えてわかる(「大公」トリオは間違いなくルドルフ大公のために書かれた)。
ところで、「皇帝」と「大公」とは音楽的ニュアンスが実に似通っていると昔から思っていたが、よく考えると両曲ともルドルフ大公のために書かれたものであることからその理由がわかる。特に第1楽章の主題などはいずれも颯爽として雄渾かつ開放的なもので、個人的に自ずと惹き込まれる音楽が繰り広げられる。

ルドルフ大公のピアノ演奏については端から、貴族のお遊びとして素人視し軽視する傾向がある。トリプル・コンチェルトのピアノ・パートの初演はルドルフ大公、だから他の2楽器に比べて演奏容易に書かれているとか、これもシンドラー発祥の意地悪い見方だが、《大公》トリオのピアノ・パートも大公の技量を考えてとか、である。現在ようやくベートーヴェン研究はルドルフに対するこの誹謗を克服しつつある。すなわち、《皇帝》の初演はルドルフ大公が行ったんだ、と事実を噛みしめているところであるから。
~大崎滋生著「史料で読み解くベートーヴェン」(春秋社)P343
大崎さんのこの言葉に僕は感動する。
ファウストもケラスも、そしてメルニコフも、その実演に僕はかつて触れた。いずれも独奏だったが、この3人が寄れば途轍もないシナジーが生み出されるだろうことが容易に想像できる(実演で聴いてみたい)。



もう10年以上も前のことだ(あの頃は皆若かった)。