今回のこのリサイタルについて何か書くかどうか悩んだ。しかしながら個人的な覚書という意味合いも込めて全貌でなく、輪郭を留める程度に書いておくことにする。
おそらくエリック・ハイドシェックという人は「芸術以外何も考えない(考えられない)」人なんだろう。そんなことは以前からわかっていたことなんだけれど、その傾向が一層顕著になっているような。
まるで、小さなジャズ・バーで酔いどれのピアニストが、彼のピアノが好きで集まったフリークたちを前にして思うがままに、そして気ままにパフォーマンスを繰り広げるといったような様相。
確かに不思議なプログラムだった。ほとんどバロック期から古典派の重鎮たちをメインにドビュッシーをほんの少し。しかも、ベートーヴェンのソナタと6つのバガテル以外はすべて楽曲の抜粋を並べるという風変わりなもの。とはいえ、プログラミングの妙味は確かなものだった。ヘンデルに始まりバッハに継がれ、さらにヘンデルに戻り・・・と、まるでこれらの音楽を前奏にするかのように振る舞った後にハイドンのソナタで聴衆を金縛りに遭わせる。おそらくそういう計算だったはず(笑)。さらに、モーツァルトのK.282の第1楽章を前奏にしてベートーヴェンの作品10-1。
素晴らしい展開・・・、だったのだけれど、肝心のピアノは・・・。ピアニスト自身も首を何度も傾げての演奏だったから自覚はあったのだろう(その分、モーツァルトなどはビクター盤のような天衣無縫さが後退し、真面な造形でありながらハイドシェックらしい香りづけのされた演奏になっていたが)。それにしても、演奏終了後、舞台下手袖に消えると思いきやピアノの後ろを周って上手に移り、要はぐるっと舞台を一周してまたピアノに戻るという仕草を見て、この人は酔っ払っているのだろうかと正直思ったほど。
孤高の巨匠喜寿祈念コンサート
エリック・ハイドシェック ピアノ・リサイタル
2013年11月29日(金)19:00開演
東京文化会館小ホール
・ヘンデル:前奏曲~組曲第1番イ長調HWV426
・J.S.バッハ:前奏曲~平均律クラヴィーア曲集第2巻第19番イ長調BWV888
・ヘンデル:前奏曲~組曲第3番ニ短調HWV428
・J.S.バッハ:前奏曲~平均律クラヴィーア曲集第2巻第11番ヘ長調BWV880
・ヘンデル:アダージョ~組曲第2番ヘ長調HWV427
・ハイドン:ピアノ・ソナタ第58番ハ長調作品89Hob.XVI:48
・モーツァルト:第1楽章アダージョ~ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調K.282
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番ハ短調作品10-1
休憩
・ベートーヴェン:6つのバガテル作品126
・ドビュッシー:前奏曲集より「四季」をテーマにしたハイドシェックによる抜粋
―秋― 第2集~第2曲「枯葉」
―冬― 第1集~第6番「雪の上の足跡」
―春― 第2集~第5番「ヒースの荒野」
―夏― 第1集~第8番「亜麻色の髪の乙女」
アンコール
・フォーレ:夜想曲第11番嬰へ短調作品104-1
・ハイドシェック:前奏曲
・J.S.バッハ:前奏曲~平均律クラヴィーア曲集第2巻第9番ホ長調BWV878
・J.S.バッハ:フーガ~平均律クラヴィーア曲集第2巻第9番ホ長調BWV878
・J.S.バッハ:前奏曲~平均律クラヴィーア曲集第2巻第16番ト短調BWV885
・J.S.バッハ:フーガ~平均律クラヴィーア曲集第1巻第2番ハ短調BWV847
ハイドシェックの素敵なところは彼の「お人好し」とも言える人間性に尽きる。まったく無邪気だ。ベートーヴェンのバガテルなどとても期待していたけれど、そして老練の極みのような名演奏を待っていたのだけれど、しかし・・・。テクニックの衰えは大目に見るとしても、何だかあまりに弛緩したものだったかな・・・、残念ながら。
とはいえ、アンコール6曲というのはいかにもエリックらしいサービス精神旺盛なところ。それでも、やっぱり無理しているようだった(体調不良?・・・なのに終演後にサイン会まで催すというし)。
演奏を聴きながら、1983年のホロヴィッツの初来日公演のことを考えていた。そう、吉田秀和氏をして「ひび割れた骨董」と言わしめたあのNHKホールでの公演。あの時のホロヴィッツは薬などの影響だったらしくボロボロだった。それでも3年後、汚名挽回するべく再来日を果たし、名演を繰り広げたのだからエリックだって・・・。
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私は、聴いていて衰えが出てきたなと思いました。体調が万全ではなかったかもしれませんね。それでも、ドビュッシーではフランスのピアニストだなと感心しました。
>畑山千恵子様
ある意味貴重な経験であるとも思います。
確かにドビュッシーでは同じ印象を持ちました。
[…] 僕が最後にエリック・ハイドシェックを聴いたのは2013年の上野でのリサイタル。 あの時の演奏はミスタッチもとても多く、舞台での行動も何だか奇天烈で、この人は果たして大丈夫なのかと心配したくらい。 あれから音沙汰がないが、80歳を超えたエリックは今どうしているのだろう? […]
[…] げたくなった。居た堪れなかったのである。また、5年前、ステージ上での彼の挙動不審の有様、そして不出来としか言いようのない演奏に、この人もついに限界かと、僕はショックを隠 […]
[…] 、それであるがゆえに時折、爆発的な、想像を絶する名演奏を繰り広げる時がある。 5年前に聴いて以来僕は実演に触れていない。あの時の彼は全盛期の神がかった境地を自らかなぐり捨 […]
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