
台本が世間からひどい評価、扱いを受けるケースはよくあることだ。
「魔笛」などもそうだが、最悪は「イル・トロヴァトーレ」(というのが一般の説)。しかし、台本の質がどうであれ、ヴェルディ中期のこの傑作は世界的に人気がある。何より従来の枠組みによって作られた、しかも、抜群に美しくもわかりやすい音楽の宝庫だからだと思う。
ヴェルディは、前作「リゴレット」の方法を踏襲せず、まったく新しい方法にチャレンジし、成功に導いた。まったく天才の成せる業である。
マリア・カラスのヴェルディ歌劇「リゴレット」(1955.9録音)を聴いて思ふ
ヴェルディはワーグナーのような現状否定的改革主義者ではなく、現状肯定的改良主義者であった。つまり現状にあるイタリア・オペラ・セリアの形式をワーグナーのように陳腐なものと極めつけるのではなく、その形式を徹底的にマスターすることによって、その形式のもつ良さを全て引き出し、その後に次の新しい形状を求めていった。
~永竹由幸「ヴェルディのオペラ 全作品の魅力を探る」(音楽之友社)P250
「現状肯定的改良主義者」という言葉が確かにぴったりだ。
実に明朗な、イタリア的思考がそこにはある。
ただし、当然ながら同じ場所にずっといるのは彼にとって窮屈だった。
ヴェルディは敢然と《リゴレット》はアリアもアンサンブル・フィナーレもない、二重唱の長い連続なのである、と言い切っている。こうして古い鋳型を破って新しい方向を見つけたヴェルディが、どうしてまた、典型的なオールド・ファッションの《イル・トロヴァトーレ》に取り組んだのだろう。誰かの押しつけられたのか?・・・そうではない。ヴェルディ自身がそう望んだのである。
~同上書P251
アクセルとブレーキを、革新と保守を巧みにコントロールするヴェルディの魔法。
一貫して中庸を走るヴァルディは、老境に至りついに「オテロ」や「ファルスタッフ」という人類の至宝を生んだ。この「老境に至り」というのがミソ。慌てず、騒がず、一歩一歩前進していくことに意味があるのである。
つまりヴェルディは《リゴレット》路線を急速に進めると、オペラそのものに行き詰まりが来ることを本能的に予想していたのだ。ドラマに緊張感を持たせてたたみかけていく《リゴレット》方式と同時に、ドラマを各幕ごとに独立した物語としてまとめる場合、いわば歌舞伎の時代物の段物形式を重視したのだ。
~同上書P252-253
永竹さんの、研究を重ねた上での推量が実に的を射ていて面白い。
そして、極めつけの推論が、ヴェルディは、なぜスペインの名もない作家の「エル・トロヴァドール」を選択したのか? という点だ。そもそも「イル・トロヴァトーレ」の奇蹟は、その点から始まる。
つまり19世紀中葉のイタリア人にとって、bizzarro(奇抜な)世界の理解可能の限界がスペインだったのだ。そのスペインの中でも最も中世らしい1410年頃の内乱と、13世紀頃のトロヴァトーレと、15世紀のジプシーと、16世紀の魔女火焙りをミックスしたバロック調のゴシック的なドラマ、それが原作なのだ。ゴシック的とは何かというと、特に第一幕のフェルランドの歌うバラード風の曲の最後にある、火刑にされたジプシーの老婆が、みみずくや、ふくろう、鴉になって城の屋根に姿を現すという部分である。こういう迷信的考えは反カトリック的考え方で、イタリア的発想にはない。それでもゴシック建築が北・中欧から南欧に流れ込んできたように、文学の世界にもこうした影響はあるのだ。
ヴェルディはこうした全て異様で風変わりな中にある美しさを、この『エル・トロヴァドール』の中に発見したのだ。
~同上書P254
歴史考証の適当さ加減がまた、時空を超えるまさにフィクション的で奇抜だ。
それなのに、オペラ自体の全体は、4幕立てで、かつ各幕は2場で構成されているという美しい完全な(?)型を形成する。
音楽の再現という意味ではもう少し軽く、スピード感あるものがベターだと思うが、僕は重厚なジュリーニの解釈にシンパシーを覚える(例によって個人的な刷り込みによるものだと思う)。
ここのところ暇を見つけてはこの音盤を聴いている。
繰り返し聴くごとに音楽が染みわたる。物語は血腥い、よくぞここまで考えつくなというとんでもないものなのだが、イタリア語を解さないことを良いことにヴェルディの縦横無尽な、各々の情感を示し、背景までをも音化する力量に感服し、そしてそれをいかにも独墺風に再生するジュリーニの特別な解釈力に拍手を送りたい。
第1幕「決闘」
第2場第2番シェーナとカヴァティーナ
第2幕「ジプシーの女」
第1場第4番ジプシーらの合唱とカンツォーネ
第2場第7番シェーナとアリア
第3幕「ジプシーの子」
第1場第9番導入の合唱
第2場第11番シェーナとアリア
第4幕「処刑」
第1場第12番シェーナ、アリアとミゼレーレ
第2場第14番フィナーレ
実に聴かせどころ満載!
マリア・カラスのヴェルディ歌劇「イル・トロヴァトーレ」(1956.8録音)を聴いて思ふ
