クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管 マーラー 交響曲第9番ニ長調(1967.2録音)

オットー・クレンペラーは躁鬱病を患っていた。
(それがまた奇天烈な解釈を生む要因にもなっているのだが)
1910年のこと。

さて、ここでわたしの生涯にとって非常に重要なことをお話ししたいと思います。ハンブルクでは、最初のうちはなにもかもうまくいっていました。しかしわたしの気分はだんだん暗く沈んできたのです。そのうえ、わたしは、毎日違ったオペラを上演し、満足にリハーサルもやらないこの劇場の体制に、うんざりしてしまった。わたしはほんとうに病気だった。つまり精神的に病気だったのです。その状態からどうしても脱け出すことができませんでした。
ピーター・ヘイワース編/佐藤章訳「クレンペラーとの対話」(白水社)P70

そして、その翌年、1911年のこと。

1911年にわたしはハンブルクに帰りました。しかしその次の年に、今度は逆に、比べようのないほどはげしい、極度の精神高揚状態に陥り、まったく私的な事情から、やめなければならなくなりました。結局1913年に、ウッペルタールに近いバルメンに第一指揮者として別の契約をしました。それはまったくひどい格下げでしたが、わたしはそこで計り知れないほど多くのことを学びました。
~同上書P80

気分のアップダウンがどんなにあろうと、出会う人、こと、ものすべてが「善知識」であることに違いない。
問題は、本人がそのことに気づけているかどうかだが、少なくとも音楽をするという点において、クレンペラーには大いに自覚があったのだろうと思う。

クレンペラーの、マーラーにまつわる思い出話が面白い。
クレンペラーの作曲家への冒瀆に近い(?)編曲の癖は、マーラーのそれをなぞらえているのだろうかと想像した。

しかし、マーラーがはっきり「これらの加筆は自分のためにしたので、他の人のためにしたのではない。わたしが指揮をするときには、その責任を負うことができるからね」と言っていたことを、けっして忘れてはいけません。また彼はそういう性格だったので、彼が指揮をすると。それが加筆とは感じられないということは言えますね。たとえば第7交響曲への加筆部分にはたしかに悪いものがいくつかあると思います。彼がウィーンでそれを演奏したときにはたいへんな物議をかもしました。マーラーはベートーヴェンを改良しあという噂がひろまってしまったのです。
~同上書P55

当時の大衆はベートーヴェンへの冒瀆だとしたが、クレンペラー自身もいくつかのパッセージでは加筆が必要だと言っていることから、単に自身の方法を正当化するのではなく、この時代ならではの、そういう行為すらも指揮者の力量であり、責任の上で成さねばならないことだと断言するのである。彼は言う。

この加筆という仕事全体について、わたしのモットーとするところは、「自分のやり方はそれぞれ自分でみつけよ」です。
~同上書P56

独断的行為とはいえ、自己責任の上でやっているということだ。
(例えば、悪名高いブルックナーの第8番や、メンデルスゾーンの「スコットランド」交響曲終楽章コーダの改変など)
(本人の言葉を具に検討してみると、それはそれで良しと思う僕がある。ブルックナーもメンデルスゾーンも名演奏だと今の僕は思う)

クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管 ブルックナー 交響曲第8番(1970.10-11録音) クレンペラー指揮フィルハーモニア管 メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」(1960.1録音)ほか ふたたびクレンペラーの「スコットランド交響曲」(1969Live) ふたたびクレンペラーの「スコットランド交響曲」(1969Live)

一方、クレンペラーの、作曲家としてのマーラーへの評価はどうなのか?
彼は答える。

現在わたしは『なき子を偲ぶ歌』や『さすらう若人の歌』と、いくつかの交響曲が好きですが、交響曲すべてが好きなのではありません。つまり、わたしはのぼせあがった馬鹿ではないということです。わたしはマーラーの書いたものならなんでも好きだというわけではないのです。第1交響曲はこれまでに一度しか指揮したことがなく、わたしはこの曲の終楽章が大きらいです。第5交響曲では第1楽章の葬送行進曲は大好きですが、スケルツォは長すぎます。それからアダージェット—ハープと弦楽のための小曲—はとてもよい曲だが、まるでサロン・ミュージックです。終楽章もやはり長すぎる。だからわたしはこの交響曲を指揮したことがないのです。
~同上書P50

クレンペラーは、マーラーの交響曲の中で最も優れたものは、第9番だとする。
マーラーがまだあまり演奏されることのなかった1920年代に早々と数回指揮し、それから晩年にも幾度か指揮棒を持ったことを自慢げに語っているのだ。

クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管 マーラー 交響曲第9番(1967.2録音)

・マーラー:交響曲第9番ニ長調
オットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1967.2.15-24録音)

翌年のウィーン・ライヴに一日の長ありだが、このスタジオ録音盤も、特に第1楽章の、時に阿鼻叫喚の響きを醸す、劇的な表現に心打たれる。この楽章の残してくれただけで、クレンペラーのマーラーへの信頼と憧憬が手に取るようにわかるのだ。

そしてまた終楽章アダージョの永遠とも感じられる、例のコーダの浄化の音調。
最晩年のクレンペラーの遺言たる第9番は、いつまでも終わることのない、輪廻を描く。
(その意味で、決して天国的ではなく、現実的な音が響くのだ)
(クレンペラーの本懐はあくまで人間的な音がするところだ)

シュヴァルツコップ クレンペラー指揮フィルハーモニア管 マーラー 交響曲第4番ト長調(1961.4録音)ほか ルートヴィヒ ヴンダーリヒ クレンペラー指揮フィルハーモニア&ニュー・フィルハーモニア管 マーラー 交響曲「大地の歌」(1964&66録音) クレンペラー指揮フィルハーモニア管 マーラー 交響曲第2番「復活」(1961.11&62.3録音) クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管のマーラー第7番(1968.9録音)を聴いて思ふ クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管のマーラー第7番(1968.9録音)を聴いて思ふ

2 COMMENTS

タカオカタクヤ

岡本浩和さま
御紹介の文献の『クレンペラーとの対話』(ピーター・ヘイワース編著:白水社・刊行)、かつて20歳台の頃に手に取った憶えがございます。失礼ながら訳者のお方の御名前は、失念してしまいましたが⋯。
ちょうどU野K芳さんの激文(?)のご影響を賜り、このユニークな老巨匠に関心を持ち出し、各国EMI原盤のLP(東芝EMIは、殆ど廃盤扱いに為さってましたので)を、輸入盤を取り扱っている店を廻って探して居たのも、懐かしい思い出でございます。
マーラーは、若きクレンペラーの就職先を、自分の名刺に推薦文をしたため、斡旋して下さった恩人のはずですが、先輩格のブルーノ・ワルターのように十字軍の役割は担わず、あくまで譜面と対峙しておのれの感性でもって、手がける作品と振らない曲を峻別する、そのご姿勢にどこかシビレたものでした。そのような訳で、EMIへのマーラー録音も、『交響曲及び歌曲選集』に留まったのでございましょうが、ワルターやバーンスタイン、さらに後続する後輩格の指揮者の皆様とは、異なる側面に聴き手を誘ってくださるこの御遺産は、手許に置いて折りに触れて、聴き直したいものです。

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岡本 浩和

>タカオカタクヤ様
高校生の頃、僕も同じく宇野さんの影響からクレンペラーを少しずつ聴きました。
しかしながら、当時は易々とレコードを買い求めることなどできず、「レコ芸」の付録にあった「イヤーブック」を具に眺めながら想像していたものです。
「クレンペラーとの対話」を読んだのは随分後のことで、そのときの書籍はいつぞや処分してしまったので、つい先日再読したくなり、メルカリで手に入れたところでした。
(ということで、手もとにあるのは1976年の初版本です)

いやはや面白いですね。
高校生当時とは比較にならないほど情報が溢れ、個人的にもクレンペラーの録音はかなり聴いてきているので、書籍の内容が実に面白く読めます。こういう類のものはある程度経験を積んでからあらためて読むと発見多々で、再購入してよかったと思います。

ちなみに、クレンペラーのマーラーはワルターのものとは解釈が違っており、また、おっしゃるようにワルターとはスタンスが違うのでいつも楽しく聴かせてもらっています。
(たまに無性に聴きたくなります)
それに、「交響曲すべてが好きなのではありません。つまり、わたしはのぼせあがった馬鹿ではない」という言葉が妙にクレンペラーらしく、興味深いです。(笑)
いつもありがとうございます。

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