
見よ、わたしはきみたちに超人を教える!
超人は大地の意味である。きみたちの意志は言うべきだ、超人を大地の意味たらしめよう! と。
わたしはきみたちに懇願する、わたしの兄弟たちよ、あくまで大地に忠実であれ、そして、きみたちにもろもろの超地上的な希望について話す者たちの言葉を信ずるな! 彼らがそれと知ろうと知るまいが、彼らは毒害者なのだ。
彼らは生を軽蔑する者である、死滅して行く者、そして自身毒害された者である。大地はそういう者たちに倦んでいる。だから彼らは去り行くがよいのだ!
かつては神を冒瀆することが最大の冒瀆であった。しかし神は死んだ。そして、それとともに、これらの冒瀆者たちもまた死んだ。大地を冒瀆することが、いまでは最も恐るべきことである。そして探求しがたいものの内臓を、大地の意味よりも、より高く評価することが!
「ツァラトゥストラの序説」
~ニーチェ全集9/吉沢伝三郎訳「ツァラトゥストラ(上)」(ちくま学芸文庫)P23
神も大地も実のところ同義であり、それは真理そのものであることが今や歴然だ。
「超人」は境地であり、真実は僕たち「人」の内にそもそも存在するものだということを知らねばならないだろう。しかしながら、19世紀末にあっては、すなわち白陽以前の時代にあっては、ここまでが限界であった。
シュトラウスもマーラーも、無意識下でそのことを知っていたのだと想像する。だから彼らは、それぞれの観点から「ツァラトゥストラ」にインスパイアされ、音楽を創造したのだ。
リヒャルト・シュトラウスとおなじように、グスタフ・マーラーもニーチェの精神性に感動していた。必ずしも二人はあのイデーを直接に音楽に溶けこませたり、移しかえたりしようと努めたのではなかった。むしろ、二人は自分の創造上の根本的な思想へと鼓舞されたのであった。
(ルートヴィヒ・シーダーマイアー)
~ヘルタ・ブラウコップ編著/塚越敏訳「マーラーとシュトラウスある世紀末の対話―往復書簡集1888-1911」(音楽之友社)P230-231
世紀末の二人の大作曲家の手紙を通じての対話が面白い。
友人であると同時に敵対者だとしたシーダーマイアーの言葉に膝を打つ。
まして、そういう敵対者二人がほぼ同時期にニーチェを引用した(?)ところが不思議であり、また面白い。
シュトラウスは「ニーチェにとらわれない、ニーチェによる交響詩」を1896年8月に完成した。ほぼおなじころに、マーラーは『第3シンフォニー』の第1楽章—6楽章のうちまだ欠けていた、ただ一つの楽章—を完成した。さらにその年のうち、1896年11月の末に、シュトラウスは、フランクフルトのムゼーウムスゲゼルシャフトの音楽会で『ツァラトゥストラ』初演の指揮をした。マーラーは、自作のシンフォニーの完全な演奏を1902年6月まで待たねばならなかったし、もしシュトラウスが援助にかけつけてくれなかったら、たぶんもっと後になるまで待ったことだろう。
~同上書P231-232
敵対者どころか、完全な対(つがい)、すなわちツイン・ソウルのようなものである。
リヒャルト・シュトラウスの「ニーチェにとらわれない」という姿勢が、むしろこの音楽を傑作にしたのだろうと思う(ましてマーラーの場合は、あくまでニーチェの一部を扱っただけという事実!)。
シュトラウスは、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読みながら、自分の考えや感情を音楽に移しかえたが、マーラーの『第3シンフォニー』は、アルトの独唱の部分を度外視すれば、ほとんどニーチェとは無関係である。マーラーは全自然に音楽的な表現を与えようとしたのであった。
~同上書P230
作品への反映の仕方に個性が出て、これまた興味深い。
どちらかというと、シュトラウスの方がより現実的で、マーラーは彼岸への憧憬を持っていたのだろうと思われる。だから「神は死んだ!」とするニーチェを心底受け入れることは難しかった。
ルドルフ・ケンペの録音は僕の座右の音盤だ。
リヒャルト・シュトラウスといえば、長らくカラヤン盤を愛聴するが、壮麗で外面的美感を重視するカラヤンに対して、いかにもSKDの渋味、重厚ないぶし銀のような響きに、太古を思い、癒しと懐古を求めて僕は時にケンペ盤を選択する。
カラヤン指揮ウィーン・フィルの「ツァラトゥストラはかく語りき」(1959.3録音)ほかを聴いて思ふ
カラヤンの「ツァラトゥストラ」を観て思ふ
音楽のもつ力は素晴らしい! 「ツァラトゥストラ」は、序奏部分だけが特別に有名になっているが、特に序奏部以降においてケンペは力量を発揮する。音楽はうねり、「超人」どころか「人間」の感情を見事に音化した、現実主義者シュトラウスの面目躍如たる表現が随所に聴き取れ、聴き惚れるのである。「死と変容」ももちろん素晴らしい演奏だ。
ケンペの「ツァラトゥストラ」を聴いて思ふ 