イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル

pogorelich_20131208晩年のベートーヴェンはインド哲学に傾倒し、特に「バガヴァッド・ギーター」を愛読していたという。世界の源である東洋(オリエンタル)に思いを馳せ、楽聖は何を考えたのか・・・。

「バガヴァッド・ギーター」第2章第51節より。
知性をそなえた賢者らは、行為から生ずる結果を捨て、
生の束縛から解脱し、患いのない境地に達する。

ハ短調ソナタ作品111の世界を髣髴とさせる言葉だが、ロベルト・シューマンがことのほか愛した作品54を、イーヴォ・ポゴレリッチの演奏で聴いて、1804年の時点でやはり彼は悟っていたのだと実感した。間違いなく「ハイリゲンシュタットの遺書」が転機だ・・・。

ポゴレリッチが戻って来た。一昨日の川崎でのリサイタルは未聴ゆえ判断は早計に過ぎるかもしれぬが、少なくとも古典派、特にベートーヴェンの解釈においてはかつての光彩を取り戻し、稀代のベートーヴェン弾きと言ってもあながち間違いでないパフォーマンス(儀式)が繰り広げられた。

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル
2013年12月8日(日)19:00開演
サントリーホール
ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」
・ロンド・ア・カプリッチョ作品129「失われた小銭への怒り」
・ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調作品54
休憩
・ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調作品57「熱情」
・ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調作品78「テレーゼ」
アンコール~
・ショパン:夜想曲第13番ハ短調作品48-1

ゲーテやシラー同様、存在するすべてに神が宿るいう汎神論に達したベートーヴェンの原点は東洋思想の内にあったのだろうか。現代の「東方見聞録」。いかにもそのことを体現するかのように、今回のリサイタルでは光と翳が見事に表現され、しかもそれらが混然一体となる様を見ることができた。ポゴレリッチの音楽の、音符のひとつひとつにまさに神が宿るかのように。

開場し、観客が少しずつ席に着き始めているのに相変わらずリハーサルが続く。客席をきょろきょろ眺めながら一音一音確かめるように指を滑らし、ポロンポロンとピアノをかき鳴らし続ける毛糸帽と普段着のピアニスト。ホールの状態と聴衆の「気」を確かめつつ、音楽を調整しているかのようにも見える。

例によって客電がギリギリまで落とされ、しばらくの静寂の後、徐にピアニストが登場。最初に打ち鳴らされた和音が地を這った。いかにもポゴレリッチ節のおどろおどろしいグラーヴェと主部のアレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオとの対比こそ翳と光。第2楽章アダージョ・カンタービレは崩壊寸前のテンポでありながらあくまで歌う。そして、ここでは精霊が祈り、踊るのだ。アタッカでフィナーレ、ロンド・アレグロ。小気味良い颯爽としたテンポで一気呵成に・・・。

続く「失われた小銭への怒り」は変幻自在。そして、今夜の白眉とも言えるヘ長調ソナタ作品54。例えば、第1楽章コーダにおける第1主題が戻って来た時のあの天使が舞い降りるかのような楽想の、冒頭とは違った解釈の変化!!第2楽章アレグレットの、すべての音がほぼ平等に扱われ第1楽章との同質性をアピールするかのような(つまり、すべてがひとつであることを訴えかけるかのような)響き!降参、である・・・。

15分の休憩を挟み、後半は「熱情」ソナタから。「悲愴」ソナタと相似形の解釈。第1楽章アレグロ・アッサイの重みと、運命動機の囁きかけるような音色の対照が僕の感性をくすぐった。清楚でありながらまるで幽霊が出そうな第2楽章アンダンテ・コン・モートとデモーニッシュなフィナーレはやはり同質だ(ちなみに第2楽章の回想主題のところで、ポゴレリッチは”Why? Why?”と呟きながら演奏していたように思われた)。

ここまで聴いて思った。いわゆる名前付きの有名なソナタに関してはできるだけエキセントリックに、しかも翳を強調するような作りであるのに対し、2楽章制の2つのソナタの何という柔和で静けさに満ちた愉悦の響きであることか・・・。「テレーゼ」ソナタもあまりに美しかった。最後には、知性をそなえた賢者らは、行為から生ずる結果を捨て、生の束縛から解脱し、患いのない境地に達する。

珍しくアンコール。十八番であるショパンのハ短調ノクターン。このあまりに哲学的な解釈のショパンを聴いて思わずため息・・・。

そういえば、ベートーヴェンのヘ長調ソナタ作品54は1806年の出版時「第51番ソナタ」としてリリースされたという。この51番というのが何を意味するのかいまだに確かでないらしいが、「バガヴァッド・ギーター」の、上記第2章第51節に呼応するのかもと考えるのは妄想だろうか・・・。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

私も聴きに行ったものの、素晴しい演奏とはいえ、ベートーフェンとしては「ううん」と言う思いでした。わざとらしさがさほどではなかったとはいえ、すんなり受け入れられるものではありませんでした。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
いずれにせよ今のポゴレリッチは賛否両論だと思います。サントリーホールが6割ほどしか埋まらないというのも頷けます。しかし、ここには一世一代の歴史が存在していると僕は思うのです。何が起こるかわからないから無視できないのです。と同時に、であるがゆえの説得力というものを僕はこのリサイタルに感じました。

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