フルトヴェングラーのブルックナー交響曲第4番(1951.10.29Live)を聴いて思ふ

bruckner_4_furtwangler_19511029結果的に様々な版が残されたことに僕たちは感謝せねばなるまい。久しぶりにレーヴェ改訂版によるフルトヴェングラーのディスクを聴いた。ノヴァーク版のミニアチュアスコアと睨めっこしながら聴いてみて、そのオーケストレーション、ダイナミクス、アゴーギクなど多くの部分で明らかに異なる改訂版に、違和感を持つどころか「相応の」説得性を感じる僕がいた。
何より「原典版」の意義と意味を理解しながら、あえて晩年のこの時期に「改訂版」での演奏を選んだフルトヴェングラーの胸の内には、やっぱりブルックナーの中に存在する「劇性」を追求しようとする意図が―それが果たして今となってはブルックナーらしからぬ本質から逸れたといわれる表現であったとしても―あったのではなかろうかと思うのである。
それが作曲家に無断でアレンジされたものだとするならそれほどの横暴はない。しかし、レオポルト・ノヴァークが証言するように、明らかにこの第3稿(改訂版)への作曲家の同意はあるのである。

ブルックナーは1887年秋にレーヴェによって第8交響曲が拒絶されたことに深く打撃を受けるなかで、第4交響曲の彼に由来しないこの第3稿を校閲することに同意した。そして彼はそのなかで自発的な変更(1888年2月27日付レーヴェ宛手紙)も行った。このことによって初版はブルックナーによって認証されたわけだが、ただし巨匠のいつものやり方とはいささか異にしていることがあった。というのは、いつもは大して重要ではないときにも必ずサインをするのだが、この版下用現行の校閲の際にはフル・ネームもイニシアルも記さなかったのである。
1953年3月レオポルト・ノヴァーク(大崎滋生訳)
音楽之友社刊ミニアチュアスコア(ノヴァーク第2稿1878/80)序文

ノヴァークの推測では、ブルックナーは弟子たちの献身的な理想を求めての改訂作業には感謝をし、認めても、あくまで自身のオリジナルとしては認められないという抵抗の意味で一切の署名を拒否したのだろうということである。しかし、それはわからない。現実にブルックナーが存命中に楽譜が出版されているのだから。

余計な詮索、勝手な想像は抜きにして、そしてレーヴェら弟子による改訂作業を改悪、あるいは改竄として永遠に葬るのではなく、別バージョンだと大らかな気持ちで享受するのがベストだろうと今の僕は考える。
何より、劣悪な音質を超えてフルトヴェングラーの放つ光彩、熱気がこれほどまでに見事に刻印された記録を簡単に聴き逃す手はなかろう。

・ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1951.10.29Live)

ここでも終楽章が一際熱い。足取りが一層巨人の如く重く遅く濃厚で、しかし、一音一音が意味をもって響く。驚くほどの燃焼度と一期一会的激烈さが支配する「ロマンティック」交響曲。
うむ、確かにブルックナーの音楽にはここまでの要求はないのかも・・・。それでもおそらく当日のミュンヘンのコングレス・ホールにいた人々は魂を抜かれるほど感動し、身も心も焼き尽くされ卒倒したことだろう。それにしても再現部の大幅なカットが惜しい。やっぱりコーダは最高だ。

 

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