アヌシー音楽祭2013~マツーエフ&テミルカーノフのラフマニノフを観て思ふ

rachmaninov_matsuev_temirkanov011ユーリ・テミルカーノフはムラヴィンスキーを意識しているのだろうか・・・、生み出される音楽の質はまったく異なるものだけれど、少なくとも指揮ぶり、立ち居振る舞いはムラヴィンスキーのそれにそっくりのように僕には思われる。
実に濃厚なロシアン・プログラムである。酷寒の大地から創出される音楽は、抑圧と解放の連続によって聴く者を圧倒する。そう、できるだけ「ため」を作り、一気に解放するカタルシス。サンクト・ペテルブルク・フィルの有能な奏者による抜群のアンサンブルと、どこか味のあるエキゾチックな音響に時間を忘れる。

デニス・マツーエフをソリストに迎えたラフマニノフの協奏曲は、この人の重量級のピアニズムと、旋律を縦横に歌い切るテクニックとが相まって、僕たちに哀愁と歓びに溢れる彼の地の情景を見事にイメージさせ、その上、この曲で一気に成功を勝ち取った作曲家の「回復された自信」が手に取るようにわかる演奏となっている(平均律こそが西洋音楽の生み出した最大の発明だろうと思わせる傑作の名演奏)。第1楽章冒頭のいわゆる「鐘の音」から他とは冠絶する、余裕と貫禄の音の絵。そのフレージングは粘りに粘り、あくまで変化球で勝負をかける。オーケストラのトゥッティによる主題提示部では仄暗い響きに支えられつつ、あの美しい旋律が奏でられるのである。そして、第2楽章の抜けた甘く純白の音楽が僕たちの身も心も焼き尽くし、さらに終楽章で僕たちの心は圧倒的勝利に導かれる。まさに「暗から明へ」という、ベートーヴェン以来の聴衆の心を鷲づかみにする基本であり常套がここにある!!
明らかにムラヴィンスキーの時代とは別の団体となってしまったサンクト・ペテルブルク・フィル(旧レニングラード・フィル)の音は、それでもロシアの広大かつ自然に溢れる大地を髣髴とさせてくれる。

アヌシー音楽祭2013
ラフマニノフ:
・ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18
アンコール~
・「音の絵」イ短調作品39-2
・前奏曲嬰ト短調作品32-12
・交響的舞曲作品45
リムスキー=コルサコフ:
・交響組曲「シェエラザード」作品35
アンコール~
・エルガー:愛の挨拶作品12
ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
デニス・マツーエフ(ピアノ)
ユーリ・テルミカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団

聴衆の地を揺るがすような怒涛の拍手喝采に応え、マツーエフはラフマニノフの2曲をアンコールするのであるが・・・、これが本当に繊細な美しさ。「音の絵」も「前奏曲」も、あの巨体からいかにも生み出されそうな大味のものでなく、音だけを聴くとまるで可憐な女性が奏でているのではと勘違いさせるほど。繊細さと大胆さ、直球と変化球の見事なバランスこそがデニス・マツーエフの真骨頂なのだろうと思った。

その後の「交響的舞曲」。ここにあるのは冷徹な「ロシアン・ロマン」、すなわちラフマニノフの祖国への憂いを帯びた愛だ。外はあくまでクールに、客観的に、そして中はホットに、熱狂に満ち、テルミカーノフはラフマニノフの心を表現する。

そしてクライマックスとなる組曲「シェエラザード」!!こういう標題音楽をやらせるとテミルカーノフは俄然力を発揮する。第2楽章「カランダール王子の物語」の懐かしくも美しい音楽に涙し、第3楽章「若い王子と王女」の静かな歌謡性にひれ伏してしまう。よくもまぁこんなに素敵な音楽(演奏)を生み出せたものだと(鍵となるのはコンサートマスターの独奏ヴァイオリン)。しかし、ここには「ため」も「解放」もない。あくまで甘美に音楽が表すものを歌うだけ。
嗚呼、素晴らしい。

 

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