ルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送響のショスタコーヴィチ交響曲第1番を聴いて思ふ

shostakovich_1-3_barshai195賞賛と批判は表裏だと先日書いた
世界が陰陽のバランスで成り立っていることをドミトリー・ショスタコーヴィチは無意識下でわかっていたのである。歴史に名を刻む天才は皆、おそらく真実を知っていたのだろう。アルノルト・シェーンベルク然り。有名な「プラウダ批判」の後のショスタコーヴィチの言動、そしてその真意をあらためて知り、思った。

「プラウダ」に社説が出たとき、ショスタコーヴィチは妙な反応を示した。友人のグリークマンに電話をして、新聞の切り抜きサーヴィスに申し込むように言い、彼の名前が出ている記事をすべてチェックできるようにしたのである。3週間のうちに彼は78ページにものぼる悪口を集め、それらを黙って吟味した。
アレックス・ロス著/柿沼敏江訳「20世紀を語る音楽」(みすず書房)P240

人が成長するにマイナス要因は必須。そして、才能あるものには賛否が両論であることをこのことが物語る。世界は二元なり。
ちなみに、「プラウダ紙」の真意は何だったのか?

ともかく誰かから始めなくてはいけなかった。ショスタコーヴィチはいちばん有名で、彼に対する攻撃はすぐに反響を呼ぶし、音楽やその他の領域で彼を模倣しようとする者を驚かせ、注目させる。
~同上書P240

ショスタコーヴィチはいわばスケープゴートだったのである。人事(ひとごと)というのは真に愚かしい。

ショスタコーヴィチ:
・交響曲第1番ヘ短調作品10(1994.9&10録音)
・交響曲第2番ロ長調作品14「10月革命に捧げる」(1995.1録音)
・交響曲第3番変ホ長調「メーデー」(1994.9&10録音)
ケルン放送合唱団
ルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送交響楽団

作曲家にとって最初の交響曲は重要だ。ショスタコーヴィチの場合、それはあまりに独創的で斬新で、聴く者の心をとらえて離さなかった。当時の巨匠たち、すなわちブルーノ・ワルターやアルトゥーロ・トスカニーニ、あるいはアルバン・ベルクらがこぞって賞賛しただけある。

ルドルフ・バルシャイの正統なショスタコーヴィチ解釈に感無量。
アレクサンドル・グラズノフらが否定した、あまりに前衛的な楽曲冒頭こそが青年ショスタコーヴィチの挑戦。とはいえ、この演奏の白眉は間違いなく第3楽章レントにある。何という濃厚なエロス。「トリスタン」が木魂するこの音楽の根底には、作曲者の愛と死への憧憬がある。

第2番&第3番についてはまたいつか・・・。

 

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