バルシャイ指揮ケルン放送響 ショスタコーヴィチ 交響曲第2番「十月革命に捧げる」(1995.1.23Live)

資本主義が資本主義である限りにおいて、過剰資本は、その国の一般大衆の生活向上に振り向けられることはない。というのも、そのようなことをすれば、資本家の利益が減少するからである。過剰資本は、利益を拡大する方向に振り向けられる。それは、後進国に対する資本輸出を通じておこなわれる。これらの後進国では通常、利益率が高い。なぜなら、資本が少なく、土地が値ごろで、賃金が低く、原材料価格が安いからである。資本輸出が可能になった要因としては、次のようなものがある。一連の後進国がすでに世界資本主義の歯車の中に組み込まれた。また、それら後進国では鉄道の主要路線がすでに開通済みか、あるいは敷設が始まった。そして、工業の基本的発展条件も整った。
レーニン/角田安正訳「帝国主義論」(光文社古典新訳文庫)P125

一世紀以上も前に書かれたレーニンの論文の現実味。
レーニンの思想においては資本主義が生き残る道としては、資本を国内投資し、所得の再分配を行うなど、経済面に限ってのシナリオが描かれていたようだ。しかし、資本主義のそのような修正を担保する政治的メカニズムがなかったゆえに(今もないが)現実的には不可能であったことを角田安正氏は指摘する。

上記の書の解説で角田氏は次のように指摘している。

ホブソンは、帝国主義的政策を抑制ないし是正するための処方箋として民主主義の強化を訴えていた。そうすることによって、一国内において帝国主義的な勢力が私的利益のために国家機関を利用するのを防ぐことができる、と考えたのである。だがレーニンは、ホブソンの提唱した処方箋を歯牙にもかけなかった。おのれの見解に固執するあまり、自説と異なる社会の発展のシナリオを綿密に検討してみようとはしなかったのである。
~同上書P292

自説に絶対的な自信があったがゆえの陥穽。
特に現代においては、柔軟な姿勢が求められる。
余計な執着は横に置かねばならないだろう。あるいは、自身の思考に縛られるのもかえって問題を大きくする。

レーニン逝去直後、ソヴィエト連邦は政治的に揺れた。
ヨシフ・スターリンが絶対的権力を持つに至り独裁的な共産主義が跋扈し、粛清など人間的にはあり得ない事態に陥って行くのだが、ソ連国内において、芸術面でも揺れに揺れた。

革命後の文化運動はまだ激動の時代であり、矛盾をはらみ、その対立は激化していた。一つはプロレタリア文化啓蒙の組織として結成されたプロレタリア・ロシア音楽家協会であり、RAMP(ランプ)の略称で呼ばれた。今一つは前衛的な音楽活動で、現代音楽協会に結集し、ASMと呼ばれた。ショスタコーヴィチの交響曲第1番は、聴衆や演奏家からは歓迎されたが、この両者からは冷ややかに迎えられたのである。
「作曲家別名曲解説ライブラリー15 ショスタコーヴィチ」(音楽之友社)P23

少なくとも1920年代後半においてはいまだ社会主義リアリズムの影響下になかったことがわかる。青年ドミトリー・ショスタコーヴィチは後に回想するが、ストラヴィンスキーに倣い、革新的、挑戦的な作品を創造しようと思いを新たにしていた。

ことにストラヴィンスキーが巧妙な色彩派で、オーケストレーションの稀にみる巨匠であることが分った。私は自分の手法を解きほぐし、自分の才能を古いしきたりから自由にしなければならないと感じた。
~同上書P24

国立出版所の音楽局宣伝部が、十月革命10周年のための交響作品をショスタコーヴィチに委嘱、生まれたのが交響曲第2番。

・ショスタコーヴィチ:交響曲第2番ロ長調作品14「十月革命に捧げる」(1927)
ルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送交響楽団(1995.1.23Live)

荒々しい、挑戦的な、前衛的手法に包まれた20分にも満たない単一楽章の交響曲がこれほど素晴らしく心に響いたのは初めてかもしれない。文字通り混沌から調和へ、最終的には混声合唱を伴なってのレーニン讃歌(シュプレヒコール)に至る音楽の熱、そして一体感。実に精緻な作りで、音楽に内在する蠢く「核」が手に取るように見えるところが素晴らしい。

過去記事(2015年5月8日)


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