シャルリエ&ユボーのサン=サーンス ヴァイオリン作品集(1987.8録音)を聴いて思ふ

saint_saens_chamber_music_hubeauカミーユ・サン=サーンスの天才は音楽の分野に限らない。
濡れそぼる、艶のある旋律美と慈しみに溢れる音調は彼の作品の特長の一つであるが、文学的、詩的センスも並外れたもの。1871年頃、盟友ガブリエル・フォーレに宛てた手紙をひもといてみる。

心地よいリズムで、象牙のキーを駆ける、芳香漂う指をもつ君!
太陽の近く、青い山のふもとに住んでおられる、慈愛深き、君のお母様が、私に、パテを送ってくれました。その黄色い固まりは、たいへんにおいしそうです。
パテは、中国の、栄光ある皇帝の金の衣装、神の息子の胸を覆う衣装、崇高なる思いを抱く心のようだ。
月曜日、金の衣装は開かれ、崇高なる思惟が立ちこめるだろう。もし君が、この輝くばかりの出現を見逃してしまえば、
パテは、雨の日に太陽を見ることもできずにまゆから出る、蝶のようなものだ。
そして、私のほおは胸まで垂れ下がり、あたかも水のない花瓶に忘れられた牡丹のように、悲しみに枯れるだろう。
ジャン=ミシェル・ネクトゥー著/大谷千正・日吉都希惠・島谷眞紀訳「サン=サーンスとフォーレ往復書簡集1862-1920」(新評論)P80

何という表現!!友人の母から送られたパテひとつでこれほどまでの情景、心情をいとも容易く描けるのだからその創造の才たるや驚異的。
僕は思う。
ともかく開くことだ。開いていればそれで良い。すべては叶うのである。

サン=サーンスがこの頃生み出した作品のヴァイオリンとピアノのための「子守歌」作品38。嗚呼、愛らしい。また、晩年の2曲のエレジーも流麗な主題があまりに懐かしく、思わず涙がこぼれる。

サン=サーンス:
・ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ短調作品75
・ヴァイオリン・ソナタ第2番変ホ長調作品102
・子守歌作品38
・エレジー作品160
・エレジー作品143
・ロマンス作品37
ジャン・ユボー(ピアノ)
オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)(1987.8録音)

仄暗いパッションというのも、ブラームスに負けず劣らずサン=サーンスの真骨頂。
ニ短調ソナタ第1楽章第1部アレグロ・アジタートに聴く憂いと、第2部アダージョに聴く安らぎの調べはまさに一対であり、サン=サーンスが人間の感情をいかにうまく音で表現することのできた人であったかを如実に物語る。それにしてもシャルリエの色気あるヴァイオリンの音色と、それを支えるユボーの煌めく伴奏の素晴らしさに感無量。
また、第2楽章第1部アレグレット・モデラートの華麗なワルツに感動し、第2部アレグロ・モルトの生命力溢れる音楽にひれ伏す思い(ここにはフランクの有名なソナタの終楽章以上の愉悦と解放がある)。

そして、変ホ長調ソナタ第1楽章の、まるでフォーレのような感情の鬱積に心奪われ、第2楽章スケルツォで一気に爆発する様に心弾む。続く第3楽章アンダンテは祈りだが、ここでのユボーのピアノの何とも美しい音色に釘付け(もちろんシャルリエのヴァイオリンも素晴らしいのだけれど)。

接吻!愛撫の園の立葵!
「愛の女神」がとけそうな天使めく声に
恋人たちのためにと歌う鼻歌の
歯列の鍵を弾き鳴らす激しい伴奏、接吻よ!

鳴り高く甘い接吻、神ほども尊い接吻!
類いない逸楽、最高の酩酊!
そなたに礼す!愛すべきそなたの酒杯に口当てて
人は尽きせぬ幸福に酔う。
ポール・ヴェルレーヌ「接吻」
堀口大學訳「ヴェルレーヌ詩集」(新潮文庫)P50-51

 

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