ブーレーズ指揮クリーヴランド管のラヴェル「クープランの墓」ほか(1999.4録音)を聴いて思ふ

ravel_rapsodie_espagnole_bolero_boulez_bpo166人類の歴史は戦争のそれである。
いつの時代も人間は領土を争った。それは、時に食糧確保のための物理的戦争、また時に、魂の拠り所たる宗教戦争。しかし、今や大本はひとつであることを知らねばならぬ。
ハムレットではないが「あるべきか、否か」、大いなる転換期にあってひとりひとりがいかに覚醒するかどうか、なのである。

モーリス・ラヴェルは第一次大戦において従軍を志願した。
志高い人なのである。そしてそういう彼が当時書き上げたのが、祖国の偉大なるフランソワ・クープランを軸にしての18世紀フランス音楽へのオマージュ「クープランの墓」。
ほとんどが第一次大戦前に書かれたものとはいえ、それは大戦で戦死した仲間たちの思い出に捧げられている。

ちなみに、1914年の今日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フェルディナント夫妻が凶弾に斃れた。今に至る悲惨な20世紀の歴史はここから始まった・・・(ともいえる)。

悩みは本当にひとつだけ。あわれなママンを抱きしめてあげられないことです・・・ええ・・・でも、もうひとつある。音楽です。自分はそれを忘れてしまったかと思っていました。この何日か、それが戻ってきているのです。暴君のように、音楽のことしか考えられません。きっと、充実した創作期が送れただろうに、と思います。
(1916年6月、ラヴェルからロラン=マニュエル宛手紙)
アービー・オレンシュタイン著/井上さつき訳「ラヴェル生涯と作品」(音楽之友社)P95

戦いはすべてを分断する。
そういう翳りを元の鞘に戻すのが意外に音楽なのかもしれない。それこそ闇があっての光。天才の創作欲を再生したものは戦争だったのだ。

ラヴェル:
・歌曲集「シェエラザード」
・組曲「クープランの墓」
・亡き王女のためのパヴァーヌ
・古風なメヌエット
ドビュッシー:
・神聖な舞曲と世俗的な舞曲
・「噴水」~ボードレールの5つの詩より
・フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード
アンネ=ゾフィー・フォン・オッター(メゾソプラノ)
アリソン・ハグリー(ソプラノ)
ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団(1999.4録音)

切れ味鋭い、実に明快なモーリス・ラヴェル。
第1曲前奏曲の始まりから爽快極まりない。ブーレーズでなければ不可能な音楽性。普段冷徹に感じられる彼の再生の何という温かみ。第2曲フォルラーヌの見事な愉悦。また、第3曲メヌエットのアンニュイな響きに卒倒し、終曲リゴードンでは緩やかなエロスが描かれ、恍惚となる。
あるいは、「亡き王女のためのパヴァーヌ」の崇高な精神!!珍しく粘るブーレーズの解釈に思わず感動。そして、「古風なメヌエット」の臨場感と深み!!

私は幻覚のような光景を目にしたのです。悪夢のような、恐ろしいほど無人で、音のない町を。・・・たぶん、私はもっと恐ろしく不快な光景を見ることになるでしょうが、この無音の恐怖ほど深く奇妙な感情をいだくことは決してないと思います。
(1916年4月、ラヴェルからジャン・マルノール宛手紙)
~同上書P95

しかし、恐ろしい無人と無音を体験したがゆえのその後のラヴェルの傑作たち。
この世界に不要なものはない。やはりすべての体験は贈り物である。

 

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2 COMMENTS

雅之

ラヴェルが傑作を発表し、その後優れた反戦映画(という言葉は好きではありませんが)「西部戦線異状なし」

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が1930年に公開されてもなお、第二次大戦につながってしまうんですよね。

>大いなる転換期にあってひとりひとりがいかに覚醒するかどうか、なのである。

本当に皆が覚醒してしまったら、多様な価値観が損なわれ、人類世界は味気ないものになるかもしれないと想像したりもします。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

人間の力が及ぶべくもない見えない力が確実に働いていますね。
皆が覚醒することはないと思います。とはいえ、3割くらいの覚醒が必須だと何となく思います。

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