イングマール・ベルイマン監督・脚本「ファニーとアレクサンデル」(1982)

時は1907年のクリスマス。
ドヴォルザークのユモレスクだったり、シューベルトの即興曲だったり、ベルイマンの何気ない選曲センスが素敵だ。

この世界が茶番だとわかれば、しかも、そこに因果律が働いているのだと理解できれば、すべてが納得できる。6万年来の膿が、結果として眼前に現れる。そこには縁が働き、子供であろうと大人であろうと自らが対処し、自らが刈り取らねばならない。宇宙時間では今は秋、すなわち収穫、「大清算」の時期だということを知ることだ。

「悩むことなかれ、楽しもう!」
冒頭の、この言葉がすべてを言い尽くす。

人は死を怖れる。
戯曲「ハムレット」のリハーサルの最中、父オスカルは倒れ、死ぬ。
主に救いを求めるが、もはやキリスト教では、否、宗教では解決できない問題だ。
(生死の解決には道を得るしかないが、当時、ベルイマンもそのことは知らなかったはずだ)
(一方、設定が、道が公開になる以前の、宗教が形骸化した、法を失ったその最後の時期であることがまた偶然にせよ興味深い)

嘘をついていないが、嘘をついたと脅すヴェルゲールス主教は、罰としてアレクサンデルを鞭の刑に処す。本来、天は罰など与えず、自らが自らを裁くのが真理だが、アレクサンデルは(内心)そのことを知っていたものの、抗うことはできなかった。
主教に憎悪を抱くアレクサンデルに対する主教の言葉が哀しく響く。

「愛は強制できんが、敵意は払えるだろう」

愛と憎悪は表裏。まさに陰陽二言論の極致。
思考や感情(仮我)に支配される人間はどこまでいてもその壁を超えられないのか?
否、縁があり、時期さえ至っていれば超えられるのだということを知ろう。
何も怖れるものはない。

ベルイマンは語る。

私たちは父に対して恐怖を抱いておりましたが、時には彼もとても生き生きして愉快な人間になり、私たちと遊んでくれることさえありました。ただし時にはまた憂鬱に戻ってしまうこともあり、それも突然、なぜだかその原因らしいものも分らぬまま、人間がガラリと変ってしまうのです。
従って、変ることなく私たちを守り続けてくれるのは母であり、母が一家の基盤なのでした。私にとっては特にありがたい保護でした。母は私の演劇熱をいつも支持してくれたからです。父も劇場は好きでしたが、ほとんど暇がありませんでした。要するに父も母も自分の世界だけに没頭していたわけです。
さて、私は実に宗教人間でした。そして私なりの奇妙な方法で神を信じていたのでした。私たちの時代の教育は、おそるべき観念—《悪しき良心》に基づいていました。人間であるからには、あなたたちも常に悪しき良心を以ていなければなりませんよ。皆さんもそうしておられるでしょうが、誰でも日曜日には教会へ行って「私は罪に満ちた人間です」と言わねばなりません。当時の教育の最重要な目標はただ一つ、こうした悪しき良心を植えつけることでした—すでにやってしまったことについても、また、まだしていないこと一切についても。
私は、子供として、もちろん両親を喜ばせたいと願っていましたし、何とかして神を喜ばせたいとも願っていました。ただし、私たちは神とキリストは別物だと考えていまして、キリストについてはあまり何かする気はありませんでした。キリストはやや遠い、他人のような存在で、彼のための行事の中でも復活祭ときたら最悪でした。私たちは彼が非常に苦しんだのを知っており、その苦しみを思って黒い衣服を身につけ、変テコな食物を取らねばなりませんでした。それに何より、遊戯も音楽も演劇も禁じられるのです!

ウィリアム・ジョーンズ編/三木宮彦訳「ベルイマンは語る」(青土社)P180-182

「ファニーとアレクサンデル」が、ベルイマン自身の体験に基づく自叙伝のような映画であることがよくわかる。特に、「悪しき良心」と彼が表現した、仮の意識に基づく、陰陽二気の中にある、一般的な、形だけの、企図された良心では世界は救えないことを少年ベルイマンは(無意識下でわかっていたのである(それはすなわち、宗教人間によるキリスト教否定にも近い)。そしてその「悪しき良心」が生涯を通じて彼を苦しめるのである。

そのうちに私は18歳になり、自分の革命をおこしました。家出したのです。私は両親を憎み、二度と会いたくないと思いました。私は宗教も何も彼も私から切り捨てました。しかし、悪しき良心だけはずっと私につきまとったままでした。ご推量の通り、悪しき良心は私の性格の一部分になってしまっていたのです。私は、それから逃げることができませんでした。神は私から遠くにあり、神の恵みも遠くにあり、愛も遠くにありました。ただ、私の役割だけが私にのしかかっていました。
~同上書P183-184

形は違えど、ゲシュタルト心理学でいう「思考の鎧」に発する問題は、現代社会において誰もが抱える問題の根源だ。そして、「逃げる」という対症療法でしか処理のできなかった問題を、今や解決する、解放する術が与えられていることに感謝しかない。

・イングマール・ベルイマン監督・脚本「ファニーとアレクサンデル」(1982)
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
製作:ヨルン・ドナー
音楽:ダニエル・ベル
キャスト:
バッティル・ギューヴェ(アレクサンデル・エクダール)
ペルニッラ・アルヴィーン(ファニー・エクダール)
グン・ヴォルグレーン(オスカルの母/ヘレナ)
アラン・エードヴァル(アレクサンドルの父/オスカル・エクダール)
エーヴァ・フレーリング(アレクサンドルの母、女優/エミリー・エクダール)
ヤン・マルムシェー(主教/エドヴァルド・ヴェルゲールス)
エルランド・ヨセフソン(ヘレナの昔の愛人/イサク・ヤコビ)
マッツ・ベルイマン(イサクの甥/アーロン)
スティーナ・エクブラッド(アーロンの弟/イスマエル)
ハリエット・アンデション(ヴェルゲールス家のメイド/ユスティナ)

アレクサンデルのイメージ力は、すべてを見通すが、子どもということもあろうか(否、子どもに限らずだが)保身に走る。いや、保身というより妹ファニーを守るという意味合いも彼の中にはあっただろう。

一連の出来事の後、映画の最終シーンは、ヘレナの膝枕で眠るアレクサンデルを映す。
そのとき、ヘレナが読んでいたのは、舞台復帰のためにエミリーが選んだヨハン・アウグスト・ストリンドベリの新作「夢の戯曲」(1902)の一節だ。

あらゆることが起こる、起こり得る。
時間も空間もない。
薄っぺらな現実の上に
新たな模様を描くのは、想像の力なのだ。

いまや第三の眼を得た僕たちができるのは、慈しみと智慧によって本質を見極めることだろう。その上で、迅速に事を進めよという。
事が起こった後では遅いのだ。

久しぶりに観た「ファニーとアレクサンデル」はやっぱり素晴らしい映画だった。
(今の年齢になったからこそ見えることがある)

映画の中では、シューマンのピアノ五重奏曲変ホ長調作品44の葬送行進曲風の主題を持つ第2楽章が効果的に使われる。

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