
ドイツの詩人ハンス・ベートゲが亡くなったのは1946年2月1日のこと(先日、没後80年を迎えたことになる)。漢詩を翻訳した「中国の笛」(1908)が夙に有名だが、ご多分に漏れず、僕がその名を知ったのはマーラーの「大地の歌」からだ。
李白の「悲歌行」に基づくとされる第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」は、特に僕が愛してやまない音楽なのだが、ずっと以前から、繰り返し歌われる”Dunkel ist das Leben ist der Tod.”(1回目はト短調、2回目は変イ短調、3回目がイ調で、半音ずつ上昇する)の意味、そして、李白の詩のどこに由来があるのか、疑問と興味があった。
マーラー自身が自由に改変しているだろうことを考えると、原典がどこにあるのかを知りたくなるのが常だけれど、詩人ベートゲの創作である可能性も視野に入れなければならない(あるいは、東洋の古の漢詩を詩人がどこまで理解し、そして翻訳できたことか。もちろんベートゲが参考にしたのは英訳(?)だったことも「訳の訳」という点から意味が誤解されてしまっている可能性がある)。
何年か前、空海の「秘蔵宝鑰」(ひぞうほうやく)を手に入れ、読んだとき、空海自身は優れた高僧で、生死の解決の糸口を見出していた人であることがとてもよく理解できた。
空海は序文に書く。
私は世の人々に、妄執を乗り越えて、人間の心の真実に入っていって貰いたいのです。霧を褰げて(吹き飛ばして)明らかな光のもとに自分の本来所有し備わっている仏心をはっきり見なおしてみると、そこには、無尽の宝物が一ぱいつまっていて、私もありあなたも、その宝物を利用して、毎日が全く新しい生活となる違いありません。
~加藤純隆・加藤精一訳「空海 秘蔵宝鑰」(角川ソフィア文庫)P269
ここには、現代の僕たちへの大いなるメッセージがあり、そこには希望があり、空海の大いなる慈悲心があることがわかる。「秘蔵宝鑰」を読み進める中、僕はひらめいた。後述するかの有名な言葉の中に僕は「大地の歌」の例のフレーズについての疑問の解答をついにつかんだように感じたのである(最晩年にマーラーはワーグナーの「再生論」に傾倒しているが、果してマーラーやワーグナーはともかく、ベートゲが「秘蔵宝鑰」を知っていたかどうかはわからない。まして「秘蔵宝鑰」が当時より外国語に訳されていたかどうかも不明なのだが)。
いずれにせよ、空海の次の言葉の本意を感得することが重要だ。
生まれ生まれ生まれ生まれて、生の始めに暗く、
死に死に死に死んで、死の終りに冥し。
空華眼を眩かし、亀毛情を迷わして、実我に謬著し、酔心封執す。渇鹿・野馬塵郷に奔り、狂象・跳猨識都に蕩かるが如きに至っては、遂使じて十悪心に快うして日夜に作り、六度耳に逆うて心に入れず。人を謗し法を謗して、焼種の辜を顧みず。酒に耽り色に耽って、誰れか後身の報を覚らん。
閻魔・獄卒は獄を構えて罪を断わり、餓鬼・禽獣は口を焔し体を挂く。三界に輪廻し、四生に跉跰す。
~同上書P179
6万年来、千回以上という生々死々を繰り返す中、僕たちは「迷って」きた。この世界は錯覚や幻視の連続であり、そもそもの固定された「私」という概念に執らわれてしまって生活しているのだと空海は諭す。
そんな状態を指して諦めの境地にも似たマーラーの音楽は、実際のところは、そういう諸問題を打ち破る術はないものかと自問する希望に溢れたものだととらえることができる。
・マーラー:大地の歌
ミルドレッド・ミラー(メゾ・ソプラノ)
エルンスト・ヘフリガー(テノール)
ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団(1960.4.18&25録音)
ブルーノ・ワルター最晩年のコロムビアへのステレオ録音の中で、マーラーの「大地の歌」は、僕が生まれて初めて手にしたコンパクト・ディスク(CD)だった。
ワルターの過去2つのセッション録音に比して、音楽は力強く、そして一層明るい印象を僕は受ける。
ワルター指揮ウィーン・フィルのマーラー「大地の歌」(1936.5.24録音)を聴いて思ふ
ワルター指揮ニューヨーク・フィルのマーラー「大地の歌」(1960.4録音)を聴いて思ふ
ワルター&フェリアーの「大地の歌」 ヘフリガーを独唱に迎えた第1楽章の力強さ。
そして、ミラーの聡明な歌唱による終楽章「告別」の切なさ(まるでワルター自身の今生からの決別の歌のよう)
ところで、マーラーがウィーンを去ることになった頃のこと。
或る日の午前、彼のつけ人であるハシンガーが練習中の私のところへ、すんだら事務室へ迎えに来てほしい、というマーラーからの伝言を持って来た。私たちは午前の仕事のあとよくいっしょに散歩にでかけたもので、私はたいてい遠まわりをして市立公園のなかを抜け、アウエンブルク通りの彼の住まいまでお供をした。この日もそうであった。だが途中で彼は、骰子はすでに投げられた、自分はここを去るだろう、ともらしたのである。私は歌劇場の舞台がおそるべき損失をこうむること、また自分の任務を断念したら胸のなかに空虚が生じはしないかということを話したが、彼はこんな美しい言葉で答えた、「私はこの10年のうちに自分の限度をふみ越えてしまったよ。」ひじょうに心を動かされ、黙って彼の家までついて行った私はその晩、彼の決心の意義と彼の業績の歴史的な意味とについて彼に手紙を書き、私の感謝の気持を表明した。彼はこんな返事をくれた、「私たちふたりは、おたがいに何を意味するかということについて、言葉をついやす必要はないのです。私はきみほどよく、自分を理解してくれていると感じられる人を、ほかに知りません。また私のほうも、きみの魂の坑道のなかに深く滲透したと思っています・・・」
~内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P237-238
ワルターの率直な思いが記された慟哭の思いと感謝の念。この後、マーラーが「フィデリオ」と自作の交響曲第2番をウィーンの聴衆への餞(はなむけ)として指揮したようだが、ワルターの失望は大きかった。
ヨーロッパ文化史の重要な一章は終わった—ウィーンから発していたひとつの輝きは消えうせ、その輝きを放っていた生命の光は揺らぎながら、人びとを不安で脅かした。
~同上書P239
この後、欧州は戦争の時代を迎える。
