ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのショスタコーヴィチ交響曲第15番(1976.5.26Live)を聴いて思ふ

shostakovich_15_mravinsky582彼の人生のすべてが詰まった「音楽の宝石箱」であると僕は思う。
何より古典的なフォルムをまといつつ、中身は古今の天才の旋律を拝借し、自身の作品からの回想まであるというのだから、聴く者に傾聴を強いる。息を凝らし、一音たりとも聴き逃すまいと。

国家との闘争、そして自身とのそれ、ドミトリー・ショスタコーヴィチの数奇な人生は常に戦いだった。隅から隅まで強烈な音響に彩られ、しかもオーケストラの個の力量を問われる交響曲第15番を聴くと、化学兵器や銃器のなかった古の時代の、それこそ人と人とがぶつかりあった殺戮を想像する。

39歳のペルシア王はしばらくの間、豪胆にも、「王たちの王」である自分に弓を引いた60歳のスパルタの王の遺体を見降ろしていたが、振り返って言った。この首を切り離せ、と命じたのである。そして、切られた頭部は槍の先に突き刺し、ペルシアの兵士全員に見せよ、と命じた。

歴史家ヘロドトスは、勇敢に闘った兵士にはたとえ敵であろうと敬意をもって対するのが習いのペルシアの貴人にしては、珍しい蛮行であった、と書いている。
私も、首を切るなどとは野蛮きわまる行為である、とする考えには同感だ。
だが、このときのクセルクセスの怒りもわかる気がする。
「ひとつかみの小麦」にすぎないと思っていたギリシア人から、「王たちの王」であるペルシア王が、これほどまでの屈辱を受けたのである。
塩野七生著「ギリシア人の物語Ⅰ民主制のはじまり」(新潮社)P186

例えば、第二次ペルシア戦役でのクセルクセスの蛮行は、長年にわたりショスタコーヴィチを苦しめた社会主義国家のそれと近似性があるのではないか、すなわち彼が抱えた国家への怒りがここにきてついに明確になったのではないか、第1楽章アレグレットを聴きながらそんなことを考えた。
「音楽の野蛮」、しかしそれはあまりに切ない。
そうなると、有名な「ウィリアム・テル」の引用は、ハプスブルク家に対して反抗し、自身の勇気ある弓をもって自由を獲得せんとしたテルを自身と重ねたものではなかったか。

・ストラヴィンスキー:バレエ音楽「アゴン」(1965.10.29Live)
・ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調作品141(1976.5.26Live)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

作曲家追悼演奏会のひとコマ。
静寂に包まれる聴衆の緊張感と、哀悼の意が滲み出たオーケストラの重厚な響きの対比。
奇蹟である。
また、第2楽章アダージョは、かの社会主義国家を葬らんとする葬送音楽。金管のコラールが不気味だ。続く第3楽章アレグレットは、作曲者特有のグロテスクな死の舞踏。

白眉は終楽章アダージョ―アレグレット。
冒頭、ワーグナーの「ニーベルンクの指環」から「運命の動機」が奏され、ジークフリートの葬送のテーマが引用される。ここでもショスタコーヴィチは死をもって徹底的に抗戦するのである。そして、死と愛はひとつであるという「トリスタン」のモチーフを掲げながら音楽はほとんど全合奏なく極めて室内楽的に(すなわち各楽器の緻密なソロと協奏の妙)進んでゆく。言葉にならない恍惚。特に、終結の幾種もの打楽器の静かな饗宴は、ムラヴィンスキーの音楽の神秘。

説得力とは、他者をも自分の考えに巻き込む能力である。他者の意見を尊重し、それを受け入れ歩み寄ることによって、着地点を見出すことではない。
何となく、専制君主国のリーダーのクセルクセスのほうが民主的で、民主制アテネのリーダーのテミストクレスの“民主度”は低いように見えて笑ってしまうが、第二次ペルシア戦役の絶対的な主役二人、39歳のクセルクセスと44歳のテミストクレスは、一方がペルシア人、他方はギリシア人、という民族の別を越えて、気質的にも違っていたのだった。
~同上書P180

ショスタコーヴィチの説得力、そしてムラヴィンスキーの巻き込む能力!!

芸術は呪術である。
人間生命の根源的渾沌を、もっとも明快な形でつき出す。人の姿を映すのに鏡があるように、精神を逆手にとって呪縛するのが芸術なのだ。
ところで、理解されることを、あくまでも拒否することが、また芸術の本質である。たしかに芸術家は己の世界を他におしつけ、征服しようという強烈なダイナミズム、権力の意志がある。それは芸術家のロマンティスムだ。
しかし、この帝国主義にも大きな矛盾がひそんでいる。実は、それと同時に己を絶対に他に理解させたくないという意志がはたらくからだ。
岡本太郎著「原色の呪文―現代の芸術精神」(講談社文芸文庫)P15

あわせて天才岡本太郎の言葉に膝を打つ。
空想することの愉しさよ。

 

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3 COMMENTS

雅之

>理解されることを、あくまでも拒否することが、また芸術の本質である。

女性に接するのと一緒ですね、
知らなくていいことは、知らなくていいのです、
でも、知りたい(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

>知らなくていいことは、知らなくていいのです、でも、知りたい

性ですねぇ・・・(笑)
しかも「夕鶴」!!鮫島さんのつうが最高です。

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