シノーポリ指揮フィルハーモニア管のラヴェル&ドビュッシー(1988録音)を聴いて思ふ

ravel_debussy_sinopoli_1988ナディア・ブーランジェの周辺を知る。
数多の巨匠たちから信頼を獲得していたナディア・ブーランジェとは真に魅力的な女性であったことがわかる。
著名な音楽家含めた社交界の錚々たる人々との交流から垣間見えるナディアの不屈の精神。
彼女のうちに、若い頃から金や上流階級に対する羨望と執着があったことは間違いなさそう。一方、専門である音楽創造については妹のリリにその才を一歩譲るものの、ビジネスの力量、あるいは教師としての才覚は随一で、そのことが数々のエピソードを伴って語られる。

この生産的な長期滞在の後、ニューヨークを去る際には、もう既にアメリカへの再訪問を検討していた。しかし、最初の訪問とは違い、アメリカでの長期滞在のための特別な招待をどこからも受けることはなかった。もちろん彼女の演奏会はどこでも素晴らしい受けとられ方をしていたが、彼女が最も熱狂的で熱心な聴衆を得たのは、授業であり、また講演であった。彼女の音楽教育についての考え、情熱、実力、そしてカリスマ性は、他の追随をまったく許さなかった。
ジェローム・スピケ著/大西穣訳「ナディア・ブーランジェ」(彩流社)P132

20世紀の前半ですら、過去からの因習のせいか音楽界で女性が表だって活躍できることは無に等しかったよう。そんな中での有無を言わせぬナディアのカリスマ性である。
そんな彼女のことを周囲はどう見たのか?
1910年、コンセルヴァトワールでの伴奏クラスの教師職に応募し、あえなく不合格になったときのクロード・ドビュッシーからの手紙をひもとく。

なぜ私はあなたの応募に形式的に反対したのか、私自身よく分かっていなかったということを納得して頂きたい。行動とは裏腹に、私はあなたの才能を本物だと感じていますし、あなたが応募しているポストにふさわしい人物はあなた以外にいないと確信しているのです。
ですが、あなたは委員会というものがどのようなものかご存知でしょう?あなたを選ぼうとしたこの委員会も例外―それ以上でもそれ以下でもなく―ではないのです。まず慎重に除外されるべき候補者、まさにその候補者を指名するという委員会の規則に例外はないのです!
そんなわけで、私の力が及ばなかったことをお許しください。そして今後ともよろしくお願いします。
(1910年11月21日付、ドビュッシーからブーランジェへの手紙)
~同上書P40

何と興味深い!このときナディアは面接を受けることすら適わなかったそう(実際に彼女がコンセルヴァトワールの正規の職に就くにはさらに35年の歳月を要したのである)。
大作曲家であろうとどうにもならない壁が存在したことが何ともやるせなく、また切ない。
しかしながら、であるがゆえのナディアの闘争なのである。

ちなみに、1928年、モーリス・ラヴェルがニューヨークに滞在した折にジョージ・ガーシュウィンに会った話は有名なものだが、その後、ラヴェルはともかくガーシュウィンをナディアに紹介しようと躍起になったらしい。

ここに、最も輝いていて、最も魅力的で、そして多分最も深淵な才能を持つであろう音楽家、ジョージ・ガーシュウィンがいます。
世界的な成功は、もはや彼にとっては十分なものではないのです。彼はさらなる高みを目指しています。そのために、自分にはないものが必要であることを知っています。しかし、彼が学びたいというものを我々が教えたならば、彼は破滅してしまうでしょう。
この恐ろしいほどの責任を背負う勇気があなたにはありますか、私にはないのです。
(1928年3月8日付、ラヴェルからブーランジェへの手紙)
~同上書P97

そしてまた、ガーシュウィン自身も教えを請おうとナディアに手紙を送っているのである!

私は今、短い間ですがパリにいて、あなたにまたお会いしたいと思っています。2年前に来たときは、コシャンスキ家を通してお会いしたと思います。私はモーリス・ラヴェルから手紙を託されています。
お手数ですが、マジェスティックホテルにお電話下さるか、お手紙で、いつどこでお会い出来るかお知らせ下されば誠にありがたいです。願いを込めて。
(1928年、ガーシュウィンからブーランジェへの手紙)
~同上書P100

ナディアはラヴェルと同様の姿勢を示し、拒否したのだという。
謙虚さもあったのだろうが、まさに彼女が言ったといわれる「まだあなたが手に入れていない何かを与えることができるのでしょうか?」という答にナディア・ブーランジェのひとりひとりの個性を大切にし、伸ばすという信念が読みとれる。確かにガーシュウィンには何も教えるものがなかった・・・。

シノーポリのラヴェルとドビュッシーを聴いた。彼の全盛期の記録の一つだろう。ナディア・ブーランジェが指揮したらこれらの作品はどんなものになるのだろう?実に興味深い。

ラヴェル:
・ボレロ
・バレエ音楽「ダフニスとクロエ」組曲第2番
ドビュッシー:
・交響詩「海」~3つの交響的素描
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団(1988録音)

いずれも理知と官能のバランスが見事にとれた美演。
「ダフニスとクロエ」の繊細で鮮明な響きに感動。
「海」もまるで絵に描いたようなわかりやすい演奏で、見事。それでいて決して冷徹でなく思い入れたっぷりに聴こえるのだから最高。

 

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2 COMMENTS

雅之

男と女で感性の明確な差異は、女性には男性のような意味でのコレクターが極めて少ないということでね。

「SPレコード蒐集奇談 (ミュージック・マガジンの本) 」 岡田 則夫 (著)

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「少ない物ですっきり暮らす」 (正しく暮らすシリーズ) やまぐち せいこ (著)  ワニブックス

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どちらもおすすめ本ですが、未だに岡田 則夫氏の本により共感を覚えてしまう自分が痛いです。

※ 私が考えた男にコレクターが多い理由についての新説。

人間は、男性で射精1回あたりの精液が含む精子数が通常1億 ~ 4億程に対し、女性の卵子はひと月に1個だから、男は数で勝負するようになった。

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岡本 浩和

>雅之様

>未だに岡田 則夫氏の本により共感を覚えてしまう自分が痛いです。

残念ながら男の性でしょう。どうにもなりません。(笑)
明らかに男と女は別の生き物ですね。

新説にも納得です。(笑)

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