
ショスタコーヴィチが、1946年に書いた伝記的論文「通り過ぎてきた道についての回想」。
二枚舌の巨匠の言葉を、いまだスターリン圧政下の中の論文にあって、どれだけ信用できるものなのかは確かでないが、実際彼の言葉の節々に感じられる不安や苦悩、或いは勇気や歓喜というものが彼の音楽を支配していたのだということはよくわかる。
私の音楽には、ある程度われわれの時代のきわめて興味深く、複雑で悲劇的な様相が映しだされていると思う。私は耳をつんざくような戦争の巨大なハンマーの音と、そこに生きる人間の精神生活の情景を描写したかったのだ。その不安、その苦悩、その勇気、その歓喜について語りたかったのである。その上、すべての心理的な動きは、ひとりでに特別な明瞭さとドラマチズムを帯びてきた。あたかも、戦禍の炎に照らしだされているかのように・・・。
しばしば、私はその独特な運命を人民大衆のそれとを結びつけた。それらは激怒と苦痛と歓喜につつまれて、一緒に進みはじめた。
(寺原伸夫)
~「ショスタコービッチ 交響曲8」(全音楽譜出版社)P5
過酷な戦禍の中にあって、それを実際に体験した者だけが知る不安と恐怖。
その時代に創造された音楽に、その心情が映し出されないはずはないだろう。
生活と自由を愛する、したがってシェークスピアの災害の海に勇敢に立ちむかう人間を描くことは、私にはあまりにも魅惑的に思われたのである。
私の音楽では主人公にあたるこの人間は、苦しい試練と破局をのりこえて勝利へと進む。彼は何度となく倒れるが、ふたたび立ち上がる。強い意志と高潔な目的は、彼を戦いと最後の勝利に奮いたたせる。当然のことながら彼の進む道には、バラは敷かれていないし、楽しげな鼓手も同行していない。
~同上書P5-6
「シェークスピアの災害の海」とは、単なる自然現象の脅威だけでなく、登場人物の心理状態や運命を象徴するメタファーとして機能するものを指す。人間の良知良能を、慈悲と智慧をショスタコーヴィチは常に描こうとしたのだ(この点が重要だ)。
私の作品の楽天的なフィナーレは、作曲者の身勝手なつくり物ではない。私にとってそれは、作品全体の芸術的支脈の中から、合理的に生れてくるのだ。それはまた、出来事の客観的な論理と一致する。圧政と悪は滅び、自由と人間性はさけがたく勝利するという歴史の歩みについての、私の理解とも一致する。
戦争は地上の至るところを混乱に落とし入れた。それがすべての進歩的な人間性の肉体的、精神的なエネルギーを極限にまで追いこんだ。だから現実から身を引くことを望まない音楽家たちは、音の遊びに熱中することはできなかった。彼らは自分の作品がきわめて情緒的で真のヒューマニズムの情熱と精神に満ち溢れているように努めるべきだ。私もまたそのように努力しているが、どこまで成功しているか、自分ではわからない。
~同上書P6
ショスタコーヴィチが、ポスト・マーラーの最大の担い手であり、最後のシンフォニストたる所以は作曲者自身のこの言葉からも明らかだろう。
ベルリン・フィルの機能性をとことん追求し、発揮させる演奏だが、ここには「情緒的で真のヒューマニズムの情熱と精神に満ち溢れて」いる。
第1楽章アダージョ—アレグロ・ノン・トロッポの、輪郭のはっきりした、明瞭な音楽にベルグルンドの造形の確かさを思う。悲劇的ではあるのだが、そこには必ず博愛が顔を出す、そういう瞬間が感じ取れるのである。
第2楽章アレグレットも決して尖鋭的ではなく、人間の内なるユーモアを抉りだす、とてもヒューマニスティックな表現。そして、ゆったりとリズムを刻む第3楽章アレグロ・ノン・トロッポ以降は、ベルグルンドの真骨頂を示す。
この後の、第4楽章ラルゴから終楽章アレグレットはショスタコーヴィチの内なる希望と愉悦をドラマティックに映し出し、最後のオーケストラの沈黙まで人間業とは思えない崇高な音楽が繰り出される。
確かにここにはショスタコーヴィチの暗澹たる心情は刻印されるが、少しずつ音楽が溶けていくような、沈黙に至る最後の数分にすべての答が用意されているように思えた。
真のヒューマニズムとは慈悲である。すなわちそれは、無心であり、無我であり、無為の境地を示す。だからこそ最後の瞬間が、この静寂が大事なのだ。


