エッシュバッヒャー&フルトヴェングラーのブラームス変ロ長調協奏曲(1943.12Live)を聴いて思ふ

brahms_concerto2_aeschbacher_furtwangler602何かに追われるような、また何かに憑りつかれたように、生き急ぐ灼熱のヨハネス・ブラームス。アドリアン・エッシュバッヒャーとの演奏は単に快速なだけでない。まるで死の淵にあり、魂が息せき切り、喘ぐような性急さなのである。1943年12月の演奏ということもある。音楽はどの瞬間も泣く。戦時の空気を見事に刻印した迫真。
おそらくこれは、繰り返し何度も聴く音楽ではない。ある意味人生でたった一度きりの、一期一会の音楽である。

1943年11月、ベルリンに戻ったフルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニーの建物が連合国軍による爆撃を受けていたことを知った。内部は無傷だったが、正面はひどい損傷を受けていて、しかも火災のため図書館はほぼ完全に破壊されていた。貴重なスコア、計り知れない価値のある原稿、そしてフルトヴェングラー個人ファイルと仕事場のファイルの大半があった図書館である。演奏会の準備のために瓦礫の山が十分に取り除かれて、1944年1月12日にベルリン・フィルハーモニーの公演がおこなわれたが、これが最後の公演となった。2週間ほどたった1月30日、ナチスが権力を奪取してからちょうど11年後の同じ日に、またもや建物に爆弾が落とされ、今度は完全に破壊された。
サム・H・白川著/藤岡啓介・加藤功泰・斎藤静代訳「フルトヴェングラー悪魔の楽匠・下」(アルファベータ)P67

歴史の壮絶。
完全破壊前のフィルハーモニーでのブラームスと、一方、フィルハーモニーが廃墟と化した後の演奏会場のひとつであったアドミラル・パラストでのブラームス。
言葉にならぬ衝撃・・・。

ブラームス:
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83(1943.12.12-15Live)
・交響曲第1番ハ短調作品68~第4楽章(1945.1.23Live)
アドリアン・エッシュバッヒャー(ピアノ)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

血がたぎる第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ。冒頭の朗々たるホルンに呼応するピアノからすでに熱い。また、第2楽章アレグロ・アパショナートにおける火を噴く金管、うねる弦、そして何より轟くティンパニ!!エッシュバッヒャーの独奏はフルトヴェングラーの呼吸に同期し、音楽が進むにつれ異様に熱を帯びる。
フルトヴェングラーの瞑想の音楽たる第3楽章アダージョの、ティボール・デ・マヒューラ独奏のチェロとの対話が最高に美しい。

驚くべきは、終楽章のみ収録された1945年1月の交響曲第1番!!
6日後のウィーン・フィルとのフランク同様、強烈な熱波の如く、何かに恋い焦がれるような色香がある。それこそ人間的な、そして純真で素朴な入魂のブラームス。
ちなみに、1934年の「ブラームスと今日の危機」と題する小論においてフルトヴェングラーはかく語る。

かくて彼の音楽は純真素朴であり、いつも人間的でありました。彼は徹頭徹尾純朴で、徹底して自然のままのむき出しで、しかも徹底して彼自身であることを保ちつづけるだけの意力を持っていました。彼の芸術は、―ワグナーと並んで最後のドイツ的作曲家として、―世界的評価をかちえました。しかもそれは完全にドイツ的であり、そにうえ、はなはだ非妥協的なものであったにかかわらず、―というよりも、むしろ、それゆえにこそこの声価をかちえたのでした。
フルトヴェングラー著/芳賀檀訳「音と言葉」(新潮文庫)P109

 

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2 COMMENTS

雅之

今や、1945年当時のドイツのような危機的状況は、世界のあちらこちらで珍しくもなんともない時代に突入した。何せ、1945年は世界人口が高々24億人程度の時代、73億人の現在からみればまだ呑気な時代といえよう(またもや、宇野功芳先生風)。

少なくとも演奏会場で空襲に遭遇する危険があっても、無差別テロが起きるかもしれないなんていう想像力は、あの時代の聴衆には皆無だったのではないかしら(吉田秀和先生風)。

広島・長崎の原爆投下や終戦の日やお盆も近いこれからの季節に、ああいうブラームスを聴いて戦時に想いを馳せるのも悪くないだろう。しかし私はまっぴら御免。以前、夏に暑苦しいブラームスを我慢して聴いたら、汗疹が出た(福永陽一郎先生風)。

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岡本 浩和

>雅之様

鬼籍に入られたかつての評論家諸氏風の名調子に思わず感動しました。(笑)
懐かしいなぁ、良かったなぁ、あの頃は・・・。
すべては必要必然ですね。

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