エマーソン弦楽四重奏団のドヴォルザーク「旧世界―新世界」を聴いて思ふ

dvorak_old_world_new_world_emerson_q275アントニン・ドヴォルザークには「安心」がある。
特に、室内楽曲の慈悲深い音調と哀愁漂う美しい旋律は、どんなときも僕たちの心を鎮めてくれる。
合衆国滞在時の1893年、「アメリカ」四重奏曲完成後まもなく書き上げられた五重奏曲変ホ長調は、演奏機会が決して多いとはいえない作品だが、当時の作曲者の充実した内面が如実に示される傑作で、またボヘミア的要素とアメリカ的要素が見事に一体化した音楽で、聴く者を郷愁と瞑想に誘う魅力に溢れる。
これこそメロディストとしてのドヴォルザークの本領発揮というところ。
ロック音楽やジャズ音楽など、現代のいわゆるポピュラー音楽が持つわかりやすさと直接的エネルギーの発露とでも表現すれば良いのかどうなのか、ドヴォルザークはあくまで人々の心情を音楽に託し、その内なる風景を作品に描く。
第1楽章アレグロ・ノン・タント、灼熱の真夏の、ようやく気温が下がりつつある黄昏時のアンニュイな微風の如くの音楽。そして、第2楽章アレグロ・ヴィーヴォ―ウン・ポコ・メノ・モッソにおける庶民の喜びの舞踊。さらには、涙なくして聴けぬ第3楽章ラルゲットの故郷ボヘミアを懐かしく思う心の表出。ヴァイオリンの高らかな叫びとヴィオラの悲しい慟哭の旋律に心震える。ここはエマーソン弦楽四重奏団各奏者の技量、アンサンブルの妙味が楽しめるところ。
終楽章アレグロ・ジュストは、楽天家ドヴォルザークの結論であり、その堂々たる音楽に一切の迷いをかなぐり捨て、確信をもって前に歩み出す勇気を見出す。
全編にわたる旋律の宝庫。作品の完成美に感動し、音楽の懐かしさに心洗われる。

旧世界―新世界
ドヴォルザーク:

・弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品51 (B.92)
・弦楽四重奏曲第11番ハ長調作品61 (B.121)
・弦楽五重奏曲変ホ長調作品97 (B.180)
・「糸杉」B.152(全12曲)
・弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106 (B.192)
・弦楽四重奏曲第14番変イ長調作品105 (B.193)
パウル・ノイバウアー(ヴィオラ)
エマーソン弦楽四重奏団(2008.12-2009.12録音)

人を愛したことと、残念ながら叶わなかった恋の痛手の体験から生み落とされた歌曲集「糸杉」(1865年)を作曲者自らが弦楽四重奏用に編曲したB.152のあまりの美しさに金縛り。恋や、あるいは挫折というものが芸術に与える高揚(効用)というのを体感できる連作。しかも四重奏版にはドヴォルザークの深層の想いが刻み込まれており、言葉の不要さをあらためて納得させられる逸品(各曲の標題を見るだけで心震える思い)。

第1曲「あなたによせる私の愛は」
第2曲「死は多くの人々の胸に」
第3曲「優しい瞳が私に注がれるとき」
第4曲「その愛は私たちを幸せに導くことはないだろう」
第5曲「本に挟んだ古い手紙」
第6曲「おお、私の輝く薔薇よ」
第7曲「私はあの家の周りを忍び歩く」
第8曲「私は深い森の中の空き地に立ち」
第9曲「おお、ただ一人のいとしい人」
第10曲「そこに古い岩があった」
第11曲「自然はまどろみと夢の中に」
第12曲「おまえは、なぜ私の歌はそんなに激しいのかと尋ねる」

どこをどう切り取っても切ない想いと、優しい想いに満ちる。
第1曲「あなたによせる私の愛は」の、見方を変えればストーカーともいえる執拗さ。そして、一旦吹っ切れたかのような第2曲「死は多くの人々の胸に」の哀しみと潔さ。同様の音調で続く各曲の「安寧」。
エマーソン・クヮルテットの、ドヴォルザークへの底なしの愛が感じとれる録音。

 

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