バーンスタイン指揮メトロポリタン歌劇場管のビゼー「カルメン」(1972録音)を聴いて思ふ

bizet_carmen_horne_mccracken_bernstein614古今東西「カルメン」を絶賛する著名人は多い。フリードリヒ・ニーチェや三島由紀夫などはその最右翼。

「カルメン」の素晴らしさは、何よりジョルジュ・ビゼーの生み出した音楽にある。アリアもアンサンブルも、非の打ちどころのない親しみやすさとエキゾチックな美しさ。完璧である。

虚栄というものを人間の浅墓な精神的お化粧のように考えている人があるが、それこそ浅墓な考えである。こういう迷信がある。誠実派のインテリのもちやすい迷信で、虚栄心の殻を脱げば誰も彼もざっくばらんな誠実素朴な人間同志だと思いこむことである。ところが「ざっくばらん」という奴も、男の世界の虚栄心の一つだ。
ゲーテがこう言った。
「ひとたび虚飾を脱ぎ去れば、人間とは何という崇高な生物だろう」
この箴言はまことに素晴らしい。しかしゲーテが言ったから素晴らしいので、この箴言の浅墓な解釈ほど鼻持ちならぬものはあるまい。ゲーテという人は、人間の正体というものが玉葱の皮のように、どんどんむいて行けば何もなくなってしまうことに気づいていた。
「虚栄について」
KAWADE夢ムック「三島由紀夫」(河出書房新社)P81-82

悲劇にせよ喜劇にせよ、ドラマの主題になるのは愛憎そのものだが、その背面には必ず人間の虚栄が横たわる。カルメン然り。
悟るということは無になるということだ。逆もまた真なりだが、凡人には頗る困難。
そういう三島も、最後の檄や演説を読む限り、偏向な思想に凝り固まっていたことがわかる。

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の退廃の根本原因をなして来ているのをみた。
「檄」
~同上書P118

三島は結局死をもって抗議をしたのだが、第三者的にみれば唖然とする分断意識の現れにしか感じられない。
分断意識が働くうちは、自己を客観視することが難しい。

一方、寺山修司との対談で彼はこう語る。

エロスというのは、要するに”欠乏の精神“でしょう。自分に足りないから何かが欲しいという。エロスっていうのは結局、自分は美しくなくて、美しいものにあこがれている。自分に足りないものがエロスの根元だから、反体制的感情なんて、ほんとにエロティックなものなんだね。佐藤首相は全然エロティックでないよ。
~同上書P248

愛と死の一体。この言葉に彼の思考のすべてが含まれる。三島は自分のために死んだのだ。
ちなみに、カルメンの「ハバネラ(恋は野の鳥)」にも同様の意志が投影される。

恋は野の鳥、気まぐれ、気ままよ。
呼べど、招けど、あちら向くばかり。

ジプシーの子よ、
法も理屈もなしよ、
すげなくする人にあたしは焦がれる。
でもあたしに思い込まれたらば
ご用心、ご用心なさいよ。
(堀内敬三訳詞)

この虚栄に満ちたエゴイスティックな愛の歌は何て美しいのだろう(女の虚栄は男のそれに比して一層手強い)。
バーンスタインの遅く重いテンポを伴奏に歌うマリリン・ホーンの「ハバネラ」にある色香!!

・ビゼー:歌劇「カルメン」
マリリン・ホーン(カルメン、メゾソプラノ)
ジェイムズ・マックラッケン(ドン・ホセ、テノール)
トム・クラウセ(エスカミーリョ、バス・バリトン)
アドリアーナ・マリポンテ(ミカエラ、ソプラノ)
コレット・ボキー(フラスキータ、ソプラノ)
マルシア・ボールドウィン(メルセデス、メゾソプラノ)
ドナルド・グラム(スニガ、バス)
ラッセル・クリストファー(リーリャス・パスティア、ダンカイロ、バリトン)
アンドレア・ヴェリス(レメンダード、テノール)、ほか
マンハッタン・オペラ・コーラス
メトロポリタン歌劇場児童合唱団
レナード・バーンスタイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団(1972.9&10録音)

何だかワーグナーのように重厚に響く「カルメン」だが、三島由紀夫の言う「虚栄」を念頭において聴くならこれほど相応しい(面白い)解釈はないかも(ナルシスト、バーンスタインの真骨頂!)。

エロスは別として、ぼくは吉田松陰の「汝は功業をなせ、我は忠義をなす」という言葉が好きなんだ。ぼくはいつも石原慎太郎なんか、精神がわかるわけがないと思ってるんだけど、やつは功業しようと思って政治家になったんだろう。ぼくは忠義をするつもりだから政治家にならないよ。ところがいま日本じゃ忠義というのは左翼しかないように思われている。というのは、野党は全然有効性がないからね。だから無限に功業から遠去かっちゃうわけだ。
~同上書P249-250

言葉の使い方につい煙に巻かれてしまいそうになるが、ここにあるのは強烈な自己愛(石原慎太郎も自己愛の塊だが、三島とはベクトルが違っているだけで同類)。
それにしても、50年近くを経た現代を予見する(現代にも該当する)かのような言葉、思想に驚かされる。
とすると、やっぱり「カルメン」は世界最高峰の傑作か?

 

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2 COMMENTS

雅之

私は、明治維新における「義」の正体について、知れば知るほど本当のところよくわからなくなりつつあります。戊辰戦争の遺恨が、未だに新政府軍との戦い破れた会津藩士や長岡藩士などの末裔の人達の間にあるのも無理からぬことだと思っています。山本五十六 にしても、長岡藩士の家に生まれたのことが、その行動原理の大元にあったようです。

昨年読んだ、「明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」原田 伊織 (著)(毎日ワンズ)

https://www.amazon.co.jp/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E9%81%8E%E3%81%A1%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E6%BB%85%E3%81%BC%E3%81%97%E3%81%9F%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%BE%E9%99%B0%E3%81%A8%E9%95%B7%E5%B7%9E%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88-%E5%8E%9F%E7%94%B0-%E4%BC%8A%E7%B9%94/dp/490162282X?ie=UTF8&SubscriptionId=AKIAIM37F4M6SCT5W23Q&camp=2025&creative=165953&creativeASIN=490162282X&linkCode=xm2&tag=agorabooks0e-22

という本は、恐ろしく説得力がある良書で、日本史の教科書に書かれていることは、右寄りの教科書であれ左寄りの教科書であれ信じなくなりました(妻が山口県出身なので、相当複雑な思いでしたが)。

そもそも「保守」って何でしょう? それがよくわかりません。

ドン・ホセが、カルメンは「女は貞節を守らなければならない」という保守的概念に反した人間だから刺したというのであれば、それはそれで筋が通っているかもしれません。しかし、その彼も婚約者ミカエラを裏切ったのですから同罪で、刺されてしかるべきです。

単純ですが、すべて、口実を作りたがる人間やそれを構成する組織や国家の縮図です。幕末や現代日本も例外ではありません。

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岡本 浩和

>雅之様

よくわかります。
ご紹介の書籍は未読なので早いうちに読ませていただきますが、歴史のすべては第三者には知る由のない、というか知らされないものなのだと思います。
僕たちが知っている歴史は(現在も含め)それこそ虚構でしょうね。何が本当なのかもはやさっぱりわかりません。真実は一切表に出ていないと思うのです。

>そもそも「保守」って何でしょう? それがよくわかりません。

同感です。
誰もが正しく、また誰もが間違っているということですね。

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