
ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」といえば、10数年前に実演に触れたアレクサンドル・メルニコフの名演奏が忘れられない。3部構成で、3時間超に及んだリサイタルは、どの瞬間も本当に輝いていた。
アレクサンドル・メルニコフ ピアノ・リサイタル メルニコフは、「24の前奏曲とフーガ」を聴くことは、苦しみ抜いた人間の声を聞くということだという。バッハの神の音楽から触発されたとはいえ、ショスタコーヴィチの音楽はあくまで人間の思念であり、声なのである。
しかし、ショスタコーヴィチにとってもっとも実り多い旅となったのは、東ドイツの町ライプチヒで催されたバッハ没後2百年記念祝典への出席である。このとき彼は、記念祝典行事の一環として催された国際コンクールで、モスクワ音楽院の出身者であるタチヤーナ・ニコラーエワのピアノ演奏に接して大きな感銘を受けた。ライプチヒからさらにベルリン経由でモスクワに戻った彼は、完全にバッハ漬けの状態にあって、その新鮮な記憶のなかから《24の前奏曲とフーガ》の構想が生まれた。
同年10月10日に作曲は開始され、順繰りに前奏曲とフーガを作曲していったが、作曲家が当初、この作曲に託していたのは、みずからのピアノ演奏技術をより完璧なものにする多声的な練習曲だった。だが、バッハ没後2百年祭の印象はぬぐいがたく、ショスタコーヴィチは、『平均律クラヴィーア曲集』を拠りどころとしつつ、24すべての調性を網羅した一大連作へと構想をふくらませていき、翌年の1951年2月の終わりにこれを完成させる。全曲で3時間になんなんとする大曲である。ショスタコーヴィチは、1曲完成させるとその楽譜をニコラーエワに渡し、彼の前で演奏してもらったという。
~亀山郁夫「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」(岩波書店)P334-335
曲ごとに出来不出来があるというのは世評だが、個人的にはそのすべてに対してシンパシーを感じる。もともとバッハの「平均律」には思い入れがあるものだから、ショスタコーヴィチのこの作品を初めて聴いたとき、心底感激した(ご多分に漏れずニコラーエワの名盤だった)。
作曲者本人の録音が残されているのが幸い。
ピアニストとしても一流だったショスタコーヴィチの自作自演は、暗澹たる表情を見せるときもあれば、明朗な、若々しい表情を見せるときもある。バッハに倣った音楽でありながら、あくまでショスタコーヴィチの心情の吐露である点が個人的に心地良い。
ショスタコーヴィチの天才は、すぐさま天才の形を模倣しながら自分の音楽に易々と寄せていけるところだ。この20世紀的なアンビエント・ミュージック然とした音楽を前にして、すでに未来の形を予見する音楽に誰のどんな演奏を聴いても、僕は癒されてきた。
世間の評価などまったく関係なかった。
作曲者自身が内発的創造によって生み出した音楽こそ真のアンビエント・ミュージックなのだ。
今日、『24の前奏曲とフーガ』に対する評価は必ずしも一義的ではない。個々の前奏曲とフーガの完成度が、必ずしも一定しているとは言いがたいのである。だが、スターリン主義による極限ともいえるような監視のなかで、いわば時代のはるか先を見越そうとして立ち向かったこの試みの重さについて異論を挟むものはいないだろう。
~同上書P336
沈思黙考を音で表現したような第14番変ホ短調の前奏曲の淡々とした響きに僕は痺れる。
ショスタコーヴィチは歌う。続くフーガの明朗な、かつ軽快な響きこそ生と死の一体を示す奇蹟だ。
キース・ジャレットのショスタコーヴィチ「24の前奏曲とフーガ」を聴いて思ふ
ニコラーエワのザルツブルク・ライブ1987
ショスタコ!! 