
時代に、体制に翻弄されたショスタコーヴィチの苦悩。
苦難がまた彼の芸術をより高度なものに仕上げたのだと思う。
一たびツボにはまれば、これほど飽きることのない、深い音楽はない。
(いわゆる「二枚舌」的であるがゆえの曲がった深さだけれど)
そしてこの交響曲は、同時に、スターリン権力に関わる彼らの、言ってみれば、原罪意識をあかあかと照らし出していた。1937年に書かれた交響曲が、名目上、かりに社会主義の「勝利」を謳うのであれば、それは大テロルの「勝利」以外に何ものでもない。しかるに、権力の中枢にいて、そのメカニズムを熟知している人間のだれ一人として、夥しい死者たちの呻吟に溢れかえるこの一年を「勝利」の年として認識していたはずはない。「勝利」はひとりスターリンという、唯一絶対の、無垢なる神のものでしかありえなかった。いやことによるとスターリン自身が、ほかのだれよりも「勝利」を疑っていた可能性がある。
~亀山郁夫「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」(岩波書店)P183-184
ショスタコーヴィチがこの交響曲に託した裏の意味は、以後の研究者の恰好の材料になったが、実際の真意は本人にしかわからない。しかし、間違いなく言えることは、交響曲第5番が(たとえそれが嘘であろうと)歓喜に溢れるものであることだ。
では、社会主義ソヴィエトの凱歌ともいうべき、フィナーレの音の輝きと、最後のティンパニ、大太鼓の連打には相互にどのような意味が暗示されているのか。そもそも、苦悩をとおしての勝利(ベートーヴェンの交響曲第9番)という歓喜に満ちたフィナーレ、すなわちニ短調からニ長調への最終的移行というシナリオは、その曲が書かれた時代とどのような有機的なつながりを持っていたのか。ショスタコーヴィチは次のように解説している。
「交響曲の最終楽章は、それまでの3楽章の悲劇的にはりつめた瞬間を楽観的な平面で解消している」
~同上書P192
当たり障りのない言葉に多少の違和感を覚えるが、終楽章が楽観的に「聴こえる」ことは間違いない。ワレリー・ゲルギエフの演奏は、実に熱が入る。オーケストラが手足のように指揮者の意志を感得し、見事に音化する。特に、打楽器群の威力、そして金管群の咆哮は、いかにもショスタコーヴィチ好みの力あるものだ。
2日間にわたってライヴ収録した音源を、セッションで録り直し、修正しているようだ。
いずれもサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場での録音。
僕はこの、コレステロール過多気味のゲルギエフの演奏がとても好きだ。まるで恨み辛みのような情念が発露するような厳しい音楽に火傷しそうなくらい。
交響曲第6番もまた熱気ある演奏だ。
スターリンに対する〈眩惑〉の代わりに生じたのは、客観視である。冷静になったのである。しかしソヴィエト国内で一人の作曲家として生きていくには、それなりの読みと戦略が必要だった。相手が検閲であるのか、それともスターリン個人の意志であるのか、ショスタコーヴィチ自身、判別のつかない部分もあったかもしれない。ともあれ、猫とネズミの戦いにも比すべき騙しあいがはじまったことだけは事実である。
興味深いことに、当時、ショスタコーヴィチは、交響曲第5番に次ぐ交響曲の執筆に向けて奇妙なカムフラージュを行っている。すなわちスターリンが「われらが世紀の最良」の詩人と呼んだマヤコフスキーや他の少数民族出身の詩人たちの詩を素材に用いた『レーニン交響曲』の意図を公にしているのである。ところが、周囲の期待に反し、39年11月に初演された交響曲第6番は、そうした「儀礼的」な音楽とのつながりをおよそ感じさせない、露骨にいびつな3楽章形式による純管弦楽曲として登場した。
~同上書P207-208
人間というもの緊張と弛緩の中で生きている。
つまり、僕たちの原点は「呼吸」なのである。二枚舌でいることは、呼吸の乱れを生み、緊張と弛緩のずれを起こした。そのストレスで彼の寿命が縮んだであろうことは間違いなかろう。
第5番ニ短調で張りつめた緊張を、第6番ロ短調で解いてみせたショスタコーヴィチの「呼吸」をゲルギエフは見事に表現する。この演奏は、奇蹟だと僕は思う。
