「実」のある創造を!

schubert_9_furtwangler.jpg「人材育成と教育サービスの国際化シンポジウム」に参加した。「グローバル時代における教育サービス標準化の動向」というテーマで海外から4名の専門講師の方々の講演とパネル・ディスカッション。いわゆる非公式の教育や訓練の世界標準を作ろうと始まったプロジェクトのお披露目のようなイベントだった。半日会議室に缶詰になり、いろんな話を聴いたが、「教育」を標準化すれば確かに普遍性を持つように思うが、型にはまった表層的な訓練しか提示できないのではないかという危惧も一方で生まれるように思った。ビジネスをわかりやすくするために「型」は必要だけど、「型」にはめないように育成するところに「教育」の醍醐味があるわけだから何だか矛盾してるように思うんだが・・・。
確かにビジネスとして成功すること、認知を得ることはとても重要。しかし、ビジネスを追求しすぎると内容が浅薄になりがちで、商売と中身のバランスをとることはとても難しい。特に人間教育はそうだろう・・・。

今回のいくつかの講演を聴きながら、「教育サービス」イコール「いかに結果を出せるか」なんだとやっぱり痛感させられた。今の「研修サービス」はどちらかというと研修参加者の反応を第一の焦点にしており、「研修実施による成果」を焦点にするものは少ないのだという。研修サービスを提供する会社の論理としては、とにかく売上を伸ばすことと毎年の継続が先決になり、当たり障りのない研修を提供しがちになり、それを受ける企業側も教育担当者レベルからするとリスクのない(つまりなるべく新しいことはやらない)わかりやすい研修を求めがちになる。要は形ばかりで「実」のない研修がとても多いと聞く・・・。

「人間力向上セミナー」に関しても、「いかに結果を出すか」に焦点を当てたほうがいいなとあらためて思った。そしてそのためには何らかの問題意識をもっている人たちを対象にするのが明快だと思った次第(ターゲティングを明確に!)。

夜、数ヶ月前に「就活エントリーシート講座」で面倒をみたYが相談に来た。現在内定をいただいている会社に行くべきか就職浪人すべきか」で悩んでいるのだという。僕なりの意見は話した(要らない回り道はしなくてよい)が、結論はどちらでも良い。少なくとも「どうするのが良いのか」は自分が一番よくわかっているはずだから・・・。

シューベルト:交響曲第9番ハ長調D944「グレート」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

昨日同様「フルトヴェングラーの遺産」からの一枚。この壮大な音楽に出逢ったのも件のLPボックス・セットによって。第1楽章は何度聴いても感動的だ(この録音当時の巨匠の状態はすこぶる良かったのだろう、心身のバランスが取れていて、創造する音楽もエネルギッシュでかつ冷静で聴いていてとても気持ち良い)。しかし、さすがに全曲を通して聴くのは今やとても疲れる。シューベルトの短所だと僕は思うのだが、どうも反復が多く、やたらに冗長に感じてしまうのだ(フルトヴェングラー盤はましな方で、朝比奈隆など実演でも何度か聴いているが、あまりの長さに-やたらに長く感じてしまう-辟易してしまうほどだ)。とはいえ、この楽曲を聴くならこの音盤ははずせない。必聴!
フルトヴェングラーは「型」より「実」を重視した不滅の音楽家だ。ゆえに没後50年以上経た今も人気が衰えないのだろう。

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2 COMMENTS

アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » シューベルトは時間で聴くのではなく空間で聴くもの

[…] クナッパーツブッシュの「ザ・グレート」を聴いてはたと気がついた。 どうしてこれまでこの曲が苦手だったのか・・・。いや、厳密には30年以上前に初めてフルトヴェングラー&ベルリン・フィルのグラモフォン盤を聴いたときにはむしろ繰り返し聴き込んだほど好きだったのに、いつから苦手になったのか・・・。 シューベルトの音楽は長い。ともかくいつ果てるとも知らぬ旋律が延々と連なる。 それこそ特別なシューベルト好きにはそういうところがたまらない至高の瞬間なのだろうけれど、そうでない者にとっては拷問に近い。余程の名演奏でない限りと考えていた。 […]

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