宇野功芳指揮新星日響のモーツァルトK550ほか(1993.4.15Live)を聴いて思ふ

mozart_40_koho_uno672本人が語る「生い立ちから家族のこと」が実にほのぼのとして温かい。
この人は本当に育ちが品良く、自然体で、生まれてから晩年まで周囲からものすごく愛されていたんだと、「宇野功芳の軌跡」を読んで知った。
また、逝去までの直近の様子を克明に語った奥様の由美子さんのエッセイ「宇野功芳を愛して下さった皆様へ」は、とても愛情に溢れたもので、宇野功芳という人の人柄を如実に示していて、真に感動的。
いつの頃からか宇野さんの文章を読まなくなり、その評論についても距離を置くようになった僕だが、長い間この人の文章のファンで良かったとあらためて思った。

何度か聴いた実演は、その風貌や舞台上での歩みと異なり、時に風変わりで、時に的を射ていて、想像もつかないような音楽が再現された。たとえそれが、過去の巨匠たちの方法を下敷きにしたものであっても、あるいはその継接ぎのような代物であったとしても、その音楽は間違いなく宇野功芳そのものであったと今更ながら思う。

功芳のモーツァルト。1993年4月15日、芸術劇場でのライヴ録音は繰り返し聴くに価する名演奏である。「ドン・ジョヴァンニ」序曲の、それこそ宇野さんがムラヴィンスキーの「未完成」第2楽章を激賞されたときに使われた表現がそのまま当てはまるようなあっと驚く快感。

ここに流れる寂寥感はかつて例の無かったもので、淡々とした運びの中に、ゾッとするような美しさが次々と現われる。いちばんドキッとしたのは、第二主題の提示が終った後の全合奏によるフォルティシモが、まるで深淵をのぞき込むようなメゾ・ピアノで始められた部分であろう。あの瞬間のレニングラード・フィルの意味深いひびき。さらにはその後の中間部で、ほとんどの指揮者がピアノの指定にも拘らず大きく盛り上げるところを、ムラヴィンスキーはほんの僅かクレッシェンドの様子を見せただけで、またたく間にピアニッシモにまで音量を落してしまったが、あの絶妙のニュアンスを、ぼくは一生忘れないであろう。
宇野功芳著「音楽には神も悪魔もいる―宇野功芳の世界」(芸術現代社)P143-144

何より宇野さんの文章は正直で、その感動が文面から滲み出ているところが素晴らしい。そして、まるでこのムラヴィンスキーの絶妙なニュアンスを意識したような再現がこのときの「ドン・ジョヴァンニ」序曲だったのである。アタックのはっきりしない冒頭二つの和音の茫漠とした響きが素敵。

モーツァルト:
・歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527~序曲
・交響曲第40番ト短調K.550
ハイドン:
・セレナーデ(弦楽四重奏曲第17番作品3-5から第2楽章アンダンテ・カンタービレ)(弦楽合奏)(偽ハイドン、ロマン・ホフシュテッター作)
宇野功芳指揮新星日本交響楽団(1993.4.15Live)

それにしても、旧スタイルのト短調交響曲の素晴らしさ。終演直後、聴衆のひとりが「最高!」と絶叫しているようだが、宇野さんに影響されて過去の大指揮者の演奏を愛聴してきた者なら誰でも、この日の演奏は最高のものと映ったことだろう。ワルターが演った第1楽章のルフトパウゼなんかも借用しながら、浪漫色豊かで、とはいえ決して大味にならない音楽が全編に鳴り渡る奇蹟。
ゆったりと沈思する第2楽章アンダンテの祈りは、他のどんな一流の指揮者にもない深さ。こういう音楽を聴くと、宇野さんが信仰を持たない現実主義者だったとは思えないほど。
何より夫人の回想によると、最晩年に「いつかまたどこかで会えるわよね」と尋ねたところ、「なにを言ってるの、死は無です。なかったことです」と宇野さんはおっしゃったらしく、それは僕には本心でない、いわば照れ隠しの詭弁のようなのように思えてならないのである。

そして・・・、第3楽章メヌエットを経て、終楽章アレグロ・アッサイはいかにも余裕のある疾風怒濤。当日当夜、その場にいたファンはたぶん腰を抜かしたはず。

 

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2 COMMENTS

雅之

神無月に宇野さんを偲ぶ、ということですか! いいですねえ。

8月下旬に約25年ぶりに出雲大社に行き堪能しましたが、当然あっちは今、神在月なんですよね。

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岡本 浩和

>雅之様

いえ、期せずしてこうなりました。(笑)
それにしても宇野さんの「なかったことです」という言葉は僕には衝撃でした。

いいですねぇ、出雲。5年前のちょうど今頃、神在月に訪問したきりですが、また行きたいですわ。

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