レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場のワーグナー「さまよえるオランダ人」(1994録音)を聴いて思ふ

何という明確な意思。
革命を起こそうとするほどの外向性こそがリヒャルト・ワーグナーの本懐。後年の小難しい、哲学的な(ある意味内向的な)台本による楽劇ももちろん素晴らしいが、初期の、思いのほか躍動感に富み、全編とても音楽的な歌劇が僕の心をとらえ、離さない。

現世的我欲を持たぬオランダ人。
いわば中間世を彷徨う彼は真の救いを求める幽霊なのだろうと僕は思う。

ああ、妻もなく子もない私は
この世に絆される何ものもないのです。
休むまもなく運命に追いたてられて、
道づれといえば、ただ深い悩みばかり。
故郷に着くあてもない身では
宝の山を積んでいてもなんになりましょう。
縁を結んでくださる気持がおありなら、
さあ、この宝はどうかお納めください。
アッティラ・チャンバイ/ディートマル・ホラント編「名作オペラブックス18 ワーグナーさまよえるオランダ人」(音楽之友社)P45

この言葉にこそ「さまよえるオランダ人」の大いなる主題の前提があるように思う。
ちなみに、ハインリヒ・ハイネは「《さまよえるオランダ人》の寓話」と題する論で次のように結ぶが、僕にはどうにも腑に落ちない。

この作品の寓意は、女性に対して、さまよえるオランダ人と結婚しないよう注意しなければならないということである。そしてわれわれ男性たちはこの作品から、われわれは一番うまくいったとしても、女性によって破滅することがあるということがわかるということである。
~同上書P119

この世で「生きる」ということは確かに素晴らしく、幸福なことである。しかし、この世とあの世の視点を反転させたときに、オランダ人の希望やゼンタの純粋な想いというものは決して犠牲的なものでないことがわかるだろう。
「さまよえるオランダ人」は決して悲劇ではない、むしろ昇華と浄化を主題にした真の幸せというものを追究した物語なのではないかと思うのである。

・ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」
ジェイムズ・モリス(オランダ人、バリトン)
デボラ・ヴォイト(ゼンタ、ソプラノ)
ベン・ヘップナー(エリック、テノール)
ヤン=ヘンドリク・ローテリング(ダーラント、バス)
ポール・グローヴス(舵取り、テノール)
ブリギッタ・スヴェンデン(マリー、メゾソプラノ)
ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団(1994.4.28-29&5.3-7録音)

音楽はどの瞬間も明朗。
堂々たるテンポでうねるレヴァイン&メトロポリタン歌劇場の演奏は、中庸でとても聴きやすい。「オランダ人」の音楽が一切の抵抗なく心に届くのだから素晴らしい。特に、終幕の最後のシーンの劇的な神々しさ。

あなたの天使さまを、そうしてその仰せごとを讃えてください。
このとおり、命をすてても、私はあなたにまごころを捧げます。
(海中に身を投じる)
(そのとたん、オランダ人の船はすさまじい音をたてて沈没する。海面は高く盛り上がり、やがて渦を巻きながら沈んでいく)
(オランダ人とゼンタの神々しい姿が海中から立ち現われてくる。オランダ人はゼンタを抱きしめている)
~同上書P101

言葉は不要。ワーグナーの活力溢れる音楽が、二人の本望を見事に表出しハイネの言う寓意を喝破する。嗚呼。

 

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2 COMMENTS

雅之

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こいつも絶品ですよ。

やはり、大切なのは「あの世」より「今」でしょう(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

おおー、これはまた良さそうですね!
折をみて入手します。

>大切なのは「あの世」より「今」でしょう

あ、はい・・・(笑)

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