ピリスのモーツァルトK.475, K457, K397, &K.331(1990.4録音)を聴いて思ふ

mozart_sonata_11_14_pires699死に恐怖心を抱かなかったモーツァルトは、死を目前にしても自分が死ぬとは思ってもいなかったのかもしれない。常軌を逸したプフベルクへの無心の手紙は、ある意味その後の人生への希望ともとれる。また、何より直前まで依頼を受けた仕事をしているのだから。

この借金は、妻コンスタンツェの浪費を補填するんものだったという説がある。真相はわからない。しかし、それはヴォルフガングがそれくらいに妻を愛していたということの証でもあろう。そして、悪妻とのレッテルを貼られたコンスタンツェも本当は夫想いの愛情深い女性でなかったか(実際、夫の死後甚大な借金をきちんと完済したというのだから大したもの)。

最愛、最上の妻よ!
お金を確かに受け取ったという知らせをもらって、言いようのないくらい嬉しかった。こちらから書いたかどうか、思い出せないがお前が何もかもきちんとやってくれるはずだね!ぼくが、分別のある人間なのになんでこんなことが書けるんだろう?でも書く以上は、頭の中で大いに考えていたに違いないね!このごろのように、大事なことがいっぱい頭の中にある時は、それももっともなことだがね。―ぼくの意識は、ただもう温泉にだけ向けられていた。残りは、お前の必要なものを考えている。
(1791年7月6日付、ウィーンにて妻コンスタンツェ宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P198

深い愛情と希望と。モーツァルトの仕事の動機は妻への献身だった。身を粉にして働く様も、多額の借金もすべては彼女に尽くすため。それこそ彼の内に在った、性を越えた「愛による救済」が全うされ、モーツァルトはあの世から早くもお呼びがかかったのではないかと思うくらい。
彼の純粋無垢さこそ創造の源泉。年齢を重ねるにつれ透明感と深みを増すその音楽は、時に聴く者の肺腑を抉る。

わずか数年前のこと。
例えば、ウィーンでの、父レオポルトが亡くなるまでのモーツァルトの充実は、その頃作曲された作品たちに見事に刻印される。その頃のこれまた無心の手紙。

最愛のホフマイスター!
ただ今のところ、どうしても入用のことがありますので、あなたに救いを求めて、さしあたり幾らかのお金を用立てて下さるよう、お願いいたします。それをできるだけ早く、入手できますよう、ご尽力ください。
(1785年11月21日付、ウィーンにて楽譜出版商ホフマイスター宛)
~同上書P116-117

妻とはいえ、(他人のために動く)モーツァルトの慈愛。
彼の音楽が今も昔も人々の魂を癒すのはそれゆえだろう。

モーツァルト:
・幻想曲ハ短調K.475
・ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K.457
・幻想曲ニ短調K.397(385g)
・ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331(300i)「トルコ行進曲付」
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)(1990.4録音)

ピリスの、極めてオーソドックスな解釈が美しい。
ひとつひとつの音を丁寧に鳴らし、グラデーション的ダイナミズムの妙技に聴き惚れる。
幻想曲ニ短調の最後の10小節、ニ長調アレグレットの可憐で明朗な音楽(この部分がモーツァルトの真作であろうとなかろうと、これほど解放感に満ちた美しさはいかにもモーツァルト)。
そして何より、ゆったりとしたテンポで歌われる「トルコ行進曲」の主題の独特な響きはピリスならでは。どちらかというと前進性を削ぎ、音をできるだけ保持するかのように奏される音楽の裏側に潜むのは何とも言えぬ悲しみ。
また、幻想曲ハ短調の内なる慟哭!
「アダージョ―アレグロ―アンダンティーノ―ピウ・アレグロ―プリモ・テンポ」という5部に分けられる音楽の、テンポが変わる瞬間のひらめきはピリスの天才。続くハ短調ソナタK.457も絶品。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト没後225年目の命日に。

 

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2 COMMENTS

雅之

>死に恐怖心を抱かなかったモーツァルトは、死を目前にしても自分が死ぬとは思ってもいなかったのかもしれない。

夜執筆されるこちらのブログには、「死」についての言及が多いですよね。

同じテーマをぐるぐる循環されつつ、毎回少しずつ変化がありますよね(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

生によって開かれ死によって閉じられるのか、その逆なのかわかりませんが(どちらも正しいと思います)、僕たちはそういう円環の中に今もいて、日々生死を繰り返しているのではないかとここのところ思います。
そして、その繰り返しの中で螺旋状に昇って行ければ魂の成長が見込めると・・・(笑)
苦悩や障壁は多いですが、それも変化のためのもの。がんばります。

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