エレーヌ・グリモーのショパン&ラフマニノフ(2004.12録音)を聴いて思ふ

chopin_rachmaninov_grimaud病が身体を蝕む中で結ばれる創作のリアリティこそ芸術の神髄だろう。
何という現実。何という重み。
石川啄木の歌が哀しい。

手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき寐覚め!
かなしき寐覚め!
「悲しき玩具」
石川啄木作「啄木歌集」(岩波文庫)P165

エレーヌ・グリモーの弾くショパンの「葬送」ソナタを聴いて僕は考えた。
第3楽章トリオのかそけき悲しみはかつて聴いたことのないもの。ここにあるのも啄木同様苦悩の中の悲哀。しかし、それはどこか希望に寄せられる悲しみだ。よって、葬送行進曲も決して暗澹たるものではない。ここでのエレーヌの10本の指は、生の謳歌を紡ぐ。
それは、第1楽章冒頭グラーヴェの3つの和音から始まる。何という優しさ。
物憂げに、沈思するフレデリック・ショパン。そしてまた、切ない恋の香り。
「葬送」のデモーニッシュな側面は削がれ、ショパンの内側に潜む誇り高き善性が鳴り響く。ほとんど自然体で、まるでピアノが自らの手足の如く、意思がそのまま音化される妙。
もはや言葉がない。

・ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
・ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品36(1913年版の引用を含む1931年版)
・ショパン:子守唄変ニ長調作品57
・舟歌嬰ヘ長調作品60
エレーヌ・グリモー(ピアノ)(2004.12録音)

北の大地の土臭い悲しみが、見事に洗練されて魂に届く。
また、エレーヌ・グリモーの弾くラフマニノフのソナタを聴いて僕は考えた。
今年の初めころ、「水」と称するアルバムをリリースしたエレーヌだが、確かに彼女の爪弾く音は以前より水の如く中庸で透明だった。滔々と流れる川のように、無為自然の体現(大袈裟だけれど)。そして、キラキラと水面に輝く光の反射。すべてがあまりに美しい。

よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。
「悲しき玩具」
~同上書P167

これぞ「足るを知る」。
どんなに悲壮な状況であろうと、いや、悲惨な状態であればこそ、外界の充実が感得できるというもの。エレーヌのラフマニノフにも、生きていることに対するただただ感謝が刻印されるよう。
そして、耳元に囁くようなショパンの「子守歌」のあまりの静けさと、透き通った音色。命の儚さと、またその永遠を背負う音楽は、聴く者を魅了する。この音楽がこれほどまでに深いものだったとは・・・。あるいは、「舟歌」の、病身のショパンが振り絞る慟哭の叫びは、死の前兆を包み込む如し。後半の、一条の光差しこむ瞬間の悲しさよ。

この四五年
空を仰ぐといふことが一度もなかりき。
かうもなるものか?
「悲しき玩具」
~同上書P179

嗚呼、生きる悲しみ、同時に生きる喜び。

 

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2 COMMENTS

雅之

>「水」と称するアルバムをリリースしたエレーヌ

ここ数日の流れから、グリモーを出してこられると信じていました。狼なんて怖くない。今日も、どんどん音楽を無視した愛読おすすめ本を・・・(笑)。これも水の戯れのなせる業だと思っていただきお許しを。

「雲のカタログ 空がわかる全種分類図鑑」 村井昭夫 , 鵜山義晃 (著, 写真)  草思社

https://www.amazon.co.jp/%E9%9B%B2%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%82%B0-%E7%A9%BA%E3%81%8C%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8B%E5%85%A8%E7%A8%AE%E5%88%86%E9%A1%9E%E5%9B%B3%E9%91%91-%E6%9D%91%E4%BA%95%E6%98%AD%E5%A4%AB/dp/4794218230/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1480851626&sr=1-1&keywords=%E9%9B%B2

「雪の結晶図鑑」菊地 勝弘, 梶川 正弘 (著) 北海道新聞社

https://www.amazon.co.jp/%E9%9B%AA%E3%81%AE%E7%B5%90%E6%99%B6%E5%9B%B3%E9%91%91-%E8%8F%8A%E5%9C%B0-%E5%8B%9D%E5%BC%98/dp/4894536293/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1480852192&sr=1-2&keywords=%E9%9B%AA%E3%80%80%E5%9B%B3%E9%91%91

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岡本 浩和

>雅之様

どんどん音楽を無視していただいて結構。(笑)
こういう知識の拡がりがやっぱり大事ですね。
いずれも興味深いです。
勉強させていただきます。

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