今月の「早わかりクラシック音楽講座」でリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を採り上げる関係で、久しぶりに「2001年宇宙の旅」を見返してみようとDVDを観た。観たといっても冒頭の15分間のみ。そう、『人類の夜明け』と題されるこの物語の「はじまり」の部分だけを、である。この映画は映画館でもLDでも、そしてDVDでもことある毎に観てきた。特にこの冒頭は意味深いと思うのだが、見過ごしやすい箇所も多く、いかにこれまでぼーっとただ目にしてきたかがわかる。キューブリック監督がこの映画で何を表現したかったのか、この難解な映画の解釈の端緒が突然だが少しばかりつかめたような気がする。
モノリスと呼ばれる謎の黒い石板。このモノリスによって智慧を授けられたヒトザルは、最初に何を覚えたのか?すなわちそれは生物の殺戮。それまでの威嚇だけによる縄張り争いが、武器を知ることによって凄惨な戦いにとって代わる。あるいは、主に水や木の実だった食料源(確かに空腹に耐えかねる様子も描写されているが)が、動物の骨を武器とし、彼らを殺し、その肉を食糧にする、まさに人間が肉食になったその瞬間を何気ない形で表現する。
何度も繰り返し観てきたシーンだが、そういうことに気がついたのは今日が初めてのこと。気になってアーサー・C・クラーク(伊藤典夫訳)の原作(ハヤカワ文庫SF)を引っ張り出してきて上記の部分に相当する第1部「原初の夜」を久しぶりに読み返してみた。映画以上にそこには緻密にかつ克明にクラーク流「人類の夜明け」が明記されている。ところで、映画にも登場するそのヒトザルのことを小説では「月を見るもの(moon watcher)」と称している。「月を見るもの」って一体何を意味するのだろう?(昔この小説を読んだとき、あまり意識しないまま読んでいたのか、あるいは理解不能ととらえてほとんど「考えずに」読んでいたのか覚えていない)意味深だ。
この映画の奥深さは一筋縄では解決できまい。少しずつ「深く思考」しながら観ていくと新たな発見がまたあるかもしれない。小説ともども機会をみてじっくり考察してみようか。
ちなみに、「2001年宇宙の旅」でヒトザルがモノリスを発見するシーンではリゲティの「レクイエム」が使用されている。モノリスに現代の鎮魂曲・・・。これもまた意味深い。ちょっとばかりリゲティの音楽を聴いてみようと、久しぶりにソニー・クラシカルのリゲティ・エディションから1枚。エマールの超絶技巧はリゲティの音楽をすら超越する。
リゲティ:ピアノのための作品集
練習曲集第1巻&第2巻、ムジカ・リチェルカータほか
ピエール=ローラン・エマール(ピアノ)
リゲティ自身がスカルラッティとショパン、シューマン、ドビュッシーのいわば〈ピアニスティックな思考〉を借りたという刺激的な作品群。窓外から吹き抜ける好天の清々しい風を浴びながら何度も繰り返し聴いた。気持ち良い。初期のムジカ・リチェルカータは同郷のバルトークの影響を明らかに受けており、一方、キース・ジャレット風の調子も顔を出し、決して小難しくない全11曲の佳曲。ジェルジー・リゲティ万歳!
私はなにゆえ高度に名人芸的なピアノのための練習曲を書こうと思い立ったのか。そもそものきっかけは、私自身の不十分なピアノ・テクニックであった。・・・私は打鍵のニュアンスやフレーズの作り方、ルバート、形式構造などについて多くを知っているし、ピアノを弾くことは間違いなく大好きである。しかしながら、自分のために弾くことしかない。・・・今のところ15曲できあがっている練習曲(私はもっと書こうと思っている)は、それゆえ私の欠落した能力の成果である。・・・私が成し遂げたいこと、それは能力の欠如をプロフェッショナリズムへと変換することである。(ジェルジー・リゲティ、長木誠司訳)
~リゲティ・エディション3:ピアノのための作品集解説書から
※追記
2008年9月7日のコメント欄で、この音盤が話題になっていたことを思い出した。やっぱりかっこいい。
おはようございます。
>モノリスによって智慧を授けられたヒトザルは、最初に何を覚えたのか?すなわちそれは生物の殺戮。
なるほどと感心しました。同時に、背筋が寒くなりました。ひょっとするとこの映画、現実の2001年に起きた、9.11同時多発テロを予言していたのでは?・・・
ヒトザルが動物の骨を武器とし、投げるシーンは、武器=人が乗った航空機。
ラスト、宇宙船ディスカバリー号が木星軌道上でモノリスと遭遇し、未知の世界に突っ込むシーンも、世界貿易センタービルに突っ込む旅客機を連想しませんか?
リゲティの「レクイエム」の使い方も、おっしゃるように意味深。
「月を見るもの(moon watcher)」は、月の廻りを基にしたイスラム太陰暦やラマダーンを重視する、イスラム教徒のことなのでしょうか?(誤解のないよう申し添えますが、私も、イスラムの問題で、アメリカなど西側諸国の犯した罪は、極めて大きいと思っています。アメリカ人も、日本人も、皆ヒトザルです)
ところで、この映画で出てくる、コンピューター「HAL9000」は、「IBM」よりアルファベット順で一歩後、ということからの命名という俗説は、本当なのでしょうか?
深刻なコメントはここまで(笑)。エマールの弾くリゲティの練習曲、かっこいいですよね。エマールも、レパートリーは極めて広いですよね。
「交響的練習曲」「謝肉祭」の、彼のシューマン・アルバムも愛聴盤です。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E8%AC%9D%E8%82%89%E7%A5%AD-%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3/dp/B000KJTIJ0/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1252882377&sr=1-1
バッハ(平均律など)、ショパン、シューマン、ドビュッシー、バルトーク(ミクロコスモス)、そして最高峰?リゲティ、私は何故か昔から、「練習曲」という曲種のひたむきさが、とりわけ好きです。
昨日偶然聴いていたのは、ピアノを習う小学生なら、誰でも1~2曲は弾いたことのある、フルグミュラーの「練習曲」のSACDでした。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3583018
また、新しい一週間、日々修行、日々練習です。
「千里の道も一歩から」ですね!
訂正
コンピューター「HAL9000」は、「IBM」よりアルファベット順で一歩後
⇒一歩前でした。
>雅之様
おはようございます。
>ひょっとするとこの映画、現実の2001年に起きた、9.11同時多発テロを予言していたのでは?・・・
>ラスト、宇宙船ディスカバリー号が木星軌道上でモノリスと遭遇し、未知の世界に突っ込むシーンも、世界貿易センタービルに突っ込む旅客機を連想しませんか?
偶然とは思いますが、なるほど、確かにそういう風に考えることも可能ですね(この映画を参考にCIAが創作したやらせかもしれませんし・・・笑)。
>「月を見るもの(moon watcher)」は、月の廻りを基にしたイスラム太陰暦やラマダーンを重視する、イスラム教徒のことなのでしょうか?
なるほど。日本でも旧暦は月の満ち欠けで動いてますから、太陰暦というのは何か関係があるかもしれません。
そうそう「HAL9000」はIBMより一歩前ということからつけられた名前らしいですよ。
ご紹介のエマールのシューマンは未聴です。
昨日はブルグミュラーを聴かれていたんですね!また面白いところを突いてきますね!
>「千里の道も一歩から」ですね!
同感です。
[…] ご多聞にもれず僕がリゲティの音楽を意識したのはスタンリー・キューブリック監督作「2001年宇宙の旅」から。「アトモスフェール」や「ルクス・エテルナ」を聴いてぶっ飛んだ。いや […]