バルシャイ指揮モスクワ室内管のベートーヴェン交響曲集(1969-1973録音)を聴いて思ふ

ルドルフ・バルシャイはベートーヴェンの交響曲第9番の録音を残さなかった。エフゲニー・ムラヴィンスキーの場合はそもそも交響曲第9番を振りさえしなかった(?)。彼の場合、合唱団や独唱者を揃え、鍛錬することの面倒さもあったのだろうが、それよりもあの大仰な終楽章の異質さに抵抗感を覚え、前3楽章とのアンバランスさに価値なしと判断し、あえて無視を続けたのではないかと勝手に僕は思っている。
確かにあの「歓喜の歌」の唐突さはどうにも不思議。
それに、音楽に言語を付すると、言葉の意味を理解できない聴衆には(対訳で対応できるとはいうものの)細かいニュアンスまで汲み取ることが不可能で、それは「人類は皆兄弟」と歌いながら、矛盾を生じさせていることにもつながり、おそらく深読みかも知れないけれど、それならば演奏するのを止めてしまえとまで考えての英断(?)だったのかもしれないとも思うのである。その上、冒頭で前3楽章の素晴らしい主題をあえて否定し、歓喜の主題を全肯定するというもっていき方も何だか強引であるし・・・。
果たしてルドルフ・バルシャイは?

ライナーノーツの解説を見ると、オイロディスクへの録音に際して、どうやらバルシャイがドイツ語を母国語とする合唱団と歌手を起用すること、同時に著作権を折半にすることを主張したのに対し、レーベル側が歌手の起用はともかく、著作権については独占を主張し、指揮者の要望を拒否したことに端を発し、結局はバルシャイが二度と第9番の録音を受け付けなかったということらしい。1970年代初期の東側諸国でのこと、そこには何らかの政治の介入もあったのかもしれない。実にもったいないことだ。

ルドルフ・バルシャイがモスクワ室内管弦楽団と録音したベートーヴェンの交響曲集を聴いた。

ベートーヴェン:
・交響曲第1番ハ長調作品21(1969録音)
・交響曲第2番ニ長調作品36(1969録音)
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1971録音)
・交響曲第4番変ロ長調作品60(1971録音)
・交響曲第5番ハ短調作品67(1973録音)
・交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」(1971録音)
・交響曲第7番イ長調作品92(1973録音)
・交響曲第8番ヘ長調作品93(1973録音)
ルドルフ・バルシャイ指揮モスクワ室内管弦楽団

若々しい青春の第1番ハ長調。小気味良いテンポで、濃密な音楽に僕はとても感心した。軽快で、強靭なアタックを持つ第2番ニ長調も美しい。特に第2楽章ラルゲットの素朴な歌。また、第1楽章提示部の反復をきちんと行い、コーダのファンファーレも楽譜通り木管に移行するという正攻法の「英雄」交響曲の巧さ、理想的なテンポで意味深く駆け抜ける第4番変ロ長調の、特に第1楽章序奏から主部に入る際の強烈な爆発力と前進性、あるいは木管の独奏パートの美しさ。このあたりは実にすごい。
そして、第5番ハ短調の、これまたオーソドックスでありながら熱のこもる表現は、バルシャイが心からベートーヴェンの交響曲を愛していただろうことの証(だからこそ余計に第9番が欠けていることが残念)。何より終楽章アレグロの突進力と解放!!

しかしながら、肝腎の「田園」交響曲が弱いことが惜しい。もう少し粘ってほしいと思う楽想がいかにもあっさりと奏でられ、それにどうにもオーケストラの厚みに欠ける点が僕好みでない(第1楽章提示部のご丁寧な反復も辛い)。たぶん大自然や大宇宙に対する共感よりも(その意味で標題は無視しているのかも)、バルシャイはどちらかというと音楽を絶対音楽として解釈しているようなのである(もちろんこういう演奏が好きな方もいると思うので、これは評価というより趣味の問題)。さらに、第7番イ長調も(僕には)いまひとつ響かない(例えば、第2楽章アレグレットのおどろおどろしさは、まるで葬送行進曲のようで、いかにも音楽にマッチしていてそうだが、随分もたれてすっと心に届かない。そして、強音部が時にうるさく聴こえる)。ただし、楽想を丁寧に扱い、じっくりかつ堂々と歌う第8番ヘ長調はまるで大交響曲のようで、素晴らしい。特に第1楽章と終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェにおける轟音と柔らかい音色の対比。

言葉には限界がある。
感情や思考を言語化するのは本当に難しい。

 

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2 COMMENTS

雅之

>言葉には限界がある。

それをいうなら、西洋音楽もまた、です。

自然界の無尽蔵なランダム性と比較すると、まるで勝負になりません。

批評という言葉が、限定性にさらに輪をかけようとします(笑)。

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