ティーレマン指揮バイロイト祝祭管の楽劇「ワルキューレ」(2008.7&8Live)を聴いて思ふ

wagner_walkure_thielemann_bayreuth_2008336いかにもドイツのマイスター的重みと迫力。それでいて決して大味にならず細部に至って繊細。クリスティアン・ティーレマンの楽劇「ワルキューレ」を一言で評するなら全体最適と部分最適の完全性。それは、この時のオーケストラの技術的巧さもあるが、指揮者の全体把握力とリヒャルト・ワーグナーに対する尊敬と愛情によるところが大きい。ひょっとすると往年の指揮者と肩を並べる、否、それらを上回る、近年の音楽家の中でも随一の才能を誇るワーグナー指揮者であることを物語る録音だ。

第1幕前奏曲から音は分厚く、そして有機的。それでいて透明感溢れるのだから堪らない。ジークムントとジークリンデの邂逅が、わずか60分超という尺で描かれるこの幕の純愛表現はこうでなければならぬ。
何より、白眉は第3幕「岩山の頂」。第1場のブリュンヒルデの言葉は、後に自身が愛する男の生を肯定し、ジークリンデを激励する。ここでの音楽の力漲る勢いが素晴らしい。

生きるのよ、
愛のために!
あの人から授かった
愛の形見を救うのよ。
あなたの胎内でヴェルゼの血をひく子が育っています!
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ワルキューレ」(白水社)P113

そして、第1場最後の、ブリュンヒルデがジークリンデの子に「ジークフリート」と名づけるシーンからヴォータンの登場までの緊迫感と、息つく間もない第2場の父子の心理描写、あるいは音楽の活気。

私が罰するまでもなく
おまえ自身が罰を招いたのだ。
私の意志によってのみ
存在したお前が
その意志に逆らい、我を通した。
私の下知のままに
事を行なうお前が
それに背いて、みずから下知した。
私の望みを
体現したお前が
私に抗い、おのが望みを抱いた。
私を守る
楯であったお前が
こともあろうにこの私に楯ついた。
~同上書P123

神とは善であり、善が良心であるならそこには罰などない。にもかかわらずヴォータンは娘ブリュンヒルデを無情にも裁く。ヴォータンは極めて人間臭い、感情的な神の長だ。そういう感情の表裏を見事に音化するワーグナーの妙、そしてそれを詳細に再現するティーレマンの力量!!

・ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
エンドリック・ヴォトリヒ(ジークムント、テノール)
ユン・クヮンチュル(フンディング、バリトン)
アルベルト・ドーメン(ヴォータン、バス・バリトン)
エヴァ=マリア・ウェストブロック(ジークリンデ、ソプラノ)
リンダ・ワトソン(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
ミシェル・ブリート(フリッカ、ソプラノ)
ゾーニャ・ミューレック(ゲルヒルデ、ソプラノ)
アンナ・ガブラー(オルトリンデ、ソプラノ)
マルティーナ・ディーケ(ワルトラウテ、メゾ・ソプラノ)
ジモーネ・シュレーダー(シュヴェルトライテ、コントラルト)
エディット・ハラー(ヘルムヴィーゲ、ソプラノ)
ウィルケ・テ・ブルンメルストルーテ(ジークルーネ、アルト)
アンネッテ・キュッテンバウム(グリムゲルデ、メゾ・ソプラノ)
マヌエラ・ブレス(ロスヴァイゼ、メゾ・ソプラノ)
クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭管弦楽団(2008.7&8Live)

さらにすごいのが第3場。涙なくして語れぬフィナーレ「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」は、かのクナッパーツブッシュ&ウィーン・フィルのスタジオ録音に匹敵する。ともかく父娘の深い心情吐露に、彼らが親子であり、切っても切れない絆のもとにあることを思うのである。

私は賢くはありません。
でも、ひとつだけは知っていました、
それは、お父さまがヴェルズングを愛していたということ。
~同上書P129

ブリュンヒルデの父への深い愛情、彼女は因果応報を招くと父を諭すが、彼は動じない。
ブリュンヒルデの言葉にヴォータンは言葉を濁す。

ヴェルズングの名を口にするな!
お前との絆を断ったように
あの一族と縁を切ったのだ。
憎悪の的にされて、根絶やしになったはずだぞ。
~同上書P135

嗚呼、哀しくも美しい。立場もあろう、親和で交わることのできない親子の悲哀が手にとるようにわかる場。ヴォータンは決して動じてないのではない。人一倍無情を感じているのである。それが最後の言葉になった。

今生の別れだ、
あっぱれな戦乙女!
わが胸の無上の誇りよ!
さらばだ!娘よ、これを限りに!
~同上書P139

ここで炎(ローゲ)と娘(ブリュンヒルデ)はひとつになる。光と熱の象徴であるローゲと一体化することでこの戦乙女は覚醒するのである。ドーメンのヴォータンもワトソンのブリュンヒルデも本当に素晴らしい。嗚呼、完全なる「ワルキューレ」!!

 

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