チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルのハイドン「太鼓連打」(1993.11Live)ほかを聴いて思ふ

精緻で濃密な音楽が美しい。
久しぶりに耳にしたチェリビダッケの音楽に心底癒される。
頭脳明晰な指揮者の正確な計算のもとに仕組まれた名演奏だとてっきり思っていたけれど、感性を刺激するニュアンス豊かな響きには、どうやらオーケストラの各奏者の(訓練された)自主性というか、自律性というのもかなり反映されているようだ。

岡田暁生さんが著した「西洋音楽史」に次のような記述がある。

ハイドンによって確立された交響曲と弦楽四重奏曲のジャンルは、近代市民生活の「公」と「私」の領域にそれぞれ対応しているといえるだろう。よくいわれることだが、労働によって特徴づけられる「公」と余暇や家庭の営みが属する「私」への生の分離は、近代市民に特有のものである。そして後で述べるように、ロマン派音楽ではこの二つの領域の間に、深刻な亀裂が走るようになる。それはつまり、「内面感情への過剰な耽溺」と「外面への過剰な自己顕示」である。この意味でロマン派音楽はおしなべて、自己分裂を病んでいるとすらいえよう。だが古典派音楽の精神においては、この「公と私」は決して媒介のない分裂した世界ではない。
岡田暁生著「西洋音楽史―『クラシック』の黄昏」(中公新書)P110-111

実に説得力のある解説。いわゆる古典派音楽の隙のなさというか、調和のとれたバランス美の根拠が示されており、僕は膝を打った。続けて岡田さんは言う。

古典派音楽におけるこの「公的なものと私的なもの」の間の絶妙な均衡について、私はいつも大指揮者チェリビダッケが公開リハーサルでいっていた言葉を思い出す。彼はオーケストラに向かってしばしば、「交響曲は拡大された弦楽四重奏であり、弦楽四重奏は交響曲のミニチュアだ」といっていた。交響曲を演奏するに際してオーケストラは、決して指揮者という独裁者の指令にただ服従するだけの集団であってはならない。それはまるで弦楽四重奏のように自発的に、勝手知った友人同士の会話のように親しげに奏でられねばならない。だが逆にいえば、友人同士の会話のような弦楽四重奏の中にも、交響曲がもつ社会性の萌芽が秘められている。それは決して馴れ合いになってはならない、丁々発止の議論でなければならないというわけだ。
~同上書P111-112

何事も各々が同じ志を抱き情熱を傾けねばならないということ。指揮者はひとりひとりをまとめ、鼓舞する役割だということなのだろう。

チェリビダッケ晩年のハイドンを聴いた。

ハイドン:
・交響曲第103番変ホ長調Hob.I:103「太鼓連打」(1993.11Live)
・交響曲第104番ニ長調Hob.I:104「ロンドン」(1992.4Live)
セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

哲学的な様相を示しながら、感情にも訴えかける平易な歌。
沈潜し、黙考する瞬間あり、また、踊り、弾ける瞬間もある。
鷹揚なテンポと深い呼吸による音楽は、ある意味古典派音楽の枠を超え、巨大になり過ぎているともいえるが、こんなに優しい風情を醸す第103番「太鼓連打」はなかなかない。例えば、第1楽章序奏から主部アレグロに移行する瞬間の、一条の光の差し込みにも似た何とも言えない晴れ晴れとした音調。オーケストラと指揮者が冒頭から完全にひとつになっているのだ。また、第2楽章アンダンテ・ピウ・トスト・アレグレットの哲学的響きの内から湧く軽快な愉悦にも心動く。
そして、第104番「ロンドン」においても、底から自然に湧きあがるような旋律は堂々と、また美しく、音楽は相変わらずの遅いテンポでありながら終始緊張感を保つ。それにしても、チェリビダッケの指揮には、(特に第2楽章アンダンテなど)ロマン派の色香匂うほどの粘りがあり、繰り返し何度も耳にしたくなる麻薬性がある。
終演後の聴衆の熱狂がまたすごい。

音楽は実在する形式とは一致しない。音楽とはその都度生まれてくる新しいものだ。
(セルジュ・チェリビダッケ)

 

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2 COMMENTS

雅之

「テンポというのは速さでなく、響きの豊かさで決まるもの」というポリシーが信念だった指揮者の演奏を自宅のオーディオで聴く行為に対して、このごろ、ますます気乗りしなくなりました(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

はい、重々承知で久しぶりに聴きました。
チェリはやっぱり実演で聴くべき指揮者だとあらためて思います。
しかし、今となっては、致し方が・・・。(笑)

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