ハイドシェックのモーツァルト協奏曲ハ短調K.491&ニ長調K.537(1992.5録音)を聴いて思ふ

僕が最後にエリック・ハイドシェックを聴いたのは2013年の上野でのリサイタル
あの時の演奏はミスタッチもとても多く、舞台での行動も何だか奇天烈で、この人は果たして大丈夫なのかと心配したくらい。
あれから音沙汰がないが、80歳を超えたエリックは今どうしているのだろう?

僕が初めてエリック・ハイドシェックを聴いたのは1989年だったか、有名な宇和島でのライブ録音。そして、僕が初めて彼の実演を聴いたのは、1992年の来日公演でのモーツァルトK595とベートーヴェンの「皇帝」。録音はもとより、あの時の新宿文化センターでの、手に汗握る白熱の演奏は今でも忘れられないもの。壮絶でありながらニュアンス豊かな音の魔法に僕は心震えた。

ちょうどその頃スタートした、ザルツブルクでの一連のモーツァルトの協奏曲録音は、いずれもが彼らしい、型にはまらない、とはいえ、モーツァルトを逸脱することのないギリギリの線で踏み止まった名演奏揃いだった。

中でも、ハ短調K.491の翳りのある、堂々たる音楽に僕は思わずうなった。
巨大な第1楽章アレグロの、自作のカデンツァの浪漫薫る超絶技巧の詩情溢れる歌。また、第2楽章ラルゲットの、絶頂期のモーツァルトらしい愛らしく美しい調べ。シンプルな音楽の内側に明滅する喜怒哀楽様々な感情に神童の才能を思い、それを見事に音化するピアニストの天才を思った。そして、終楽章アレグレットにおける多彩な音楽の飛翔もこのピアニストならではのひらめきに満ちるもの。できるなら実演で聴いてみたいと思った。

モーツァルト:ピアノ協奏曲選集Vol.Ⅰ
・ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491(カデンツァ:エリック・ハイドシェック)
・ピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537「戴冠式」(カデンツァ:ターニャ&エリック・ハイドシェック)
エリック・ハイドシェック(ピアノ)
ハンス・グラーフ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団(1992.5.24&25録音)

続いて、どちらかというと軽く見られがちなニ長調K.537「戴冠式」。第1楽章アレグロの、ピアノによって主題が奏でられる瞬間の煌く美しさに思わず感応し、第2楽章ラルゲットの簡潔でありながら表情豊かな音楽に涙する。ハイドシェックのモーツァルトへの心酔(あるいは同化)は半端ない。そして、疾走する終楽章アレグレットは、愛そのもの。

どのような眼差しをもって、またどのような側面から、私たちがモーツァルトを観ようと、いつでも新正で純粋な芸術家の本性が、その打ち克ちがたい創作の衝動と、尽きることのない創造力のうちに、私たちを迎えてくれるのである。この本性こそ、美を創造することのほかには、いかなる喜びも満足も知らない、涸れ果てることのない愛によって満され、真摯な仕事にあっては誠実に、自由な構想にあっては晴れやかに、彼が捉えるものすべてに、生の息吹を吹き込む真理の精神によって生気づけられている。
(オットー・ヤーン「W.A.モーツァルト」より)
「モーツァルト事典」(冬樹社)P178

ヤーンの何と的確な言葉。嗚呼、モーツァルト!!

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


2 COMMENTS

雅之

この夏、初めて蓼科山に登りました。幸いこの冷夏にしては天候にも恵まれ、登頂の感動に浸ることができました。

蓼科高原滞在中、大昔に読んだ、宇野先生三十代半ばでの著書「たてしな日記」のことが、ずっと心の片隅から離れませんでした。

https://www.amazon.co.jp/%E5%AE%87%E9%87%8E%E5%8A%9F%E8%8A%B3%E8%91%97%E4%BD%9C%E9%81%B8%E9%9B%86-4-%E3%81%9F%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%AA%E6%97%A5%E8%A8%98-%E5%AE%87%E9%87%8E-%E5%8A%9F%E8%8A%B3/dp/4054017711/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1503152406&sr=1-1&keywords=%E3%81%9F%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%AA%E6%97%A5%E8%A8%98

帰宅してからは、岡本様のブログとともに、吉松先生のブログ直近の一文に心底膝を打ちました。

http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2017/08/post.html

たとえ小氷期の最中に三十代半ばで死んでも、「モーツァルトにはモーツァルトの夏があった」ということなんでしょうね。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

蓼科ですか!
良いなぁ。
僕は30数年前に一度行ったことがありますが、遠い記憶の彼方で、
もう一度ぜひ訪問してみたいと思う場所です。
宇野さんの「たてしな日記」も本当に懐かしい。
名著だと思います。

それよりなにより吉松隆さんの一文素晴らしいですね。

>小氷期の最中に三十代半ばで死んでも、「モーツァルトにはモーツァルトの夏があった」ということなんでしょうね。

まったくです。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む