ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団コンサート

gergiev_091206.jpg本日は晴天で12月とは思えない生暖かさ。
所沢市民文化センター・ミューズ・アークホール
で開催されたワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサートに出掛ける。6月のクリスティアン・ツィマーマンのピアノ・リサイタルに引き続き、2度目の所沢。何せ吃驚するほどチケットが安い。満員の聴衆はそのほとんどが東京からの来場ではないかと思われる。
楽団員が袖からステージに出てくると、小気味良い緊張感に溢れる会場からポツポツと拍手が聞かれる。オーケストラのチューニングが終わると、ゲルギエフの登場。当然万雷の拍手である。今回は偶然にもオール・ロシアン・プログラムということで、しかも2月の「愛知とし子presentsロシアン・ファンタジー」でも演奏されるムソルグスキー作曲組曲「展覧会の絵」が演奏されるものだから、数日前から楽しみで仕方がなかった。

ゲルギエフの雰囲気が随分変わったことが印象的。語弊のある言い方だが、以前はある種「不潔感」(笑)が漂っていた彼が、少なくとも外見上一皮も二皮も剥け、清潔感抜群の紳士に成り代わっていたことがまずは驚き。しかも、指揮棒を携えての登場なのだ。

・チャイコフスキー:祝典序曲「1812年」作品49
冒頭のチェロによる主題提示からして並大抵のものではない。しっかりと地に足のついた響きであり、まさにロシアの大地を感じさせるずっしりとした重みを持つ音色。チャイコフスキーの音楽は実演に触れるとどの楽曲でも相応の感動を与えてくれるが、金管の咆哮、打楽器の強打、どの部分をとっても意味深く、マリインスキー歌劇場管弦楽団の力量の高さを自ずと知らしめてくれる。大砲の音をまねた太鼓の音の迫力はいかばかりか。そして、テンポを縦横無尽に伸縮させ、ラストに向けてのエネルギー放出が堪らなくかっこよく、劇的だ。

・ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)
かつてサントリーホールでゲルギエフがロッテルダム・フィルを指揮した際同曲を聴いているが、今回のほうがより鮮烈で圧倒的な演奏だったと思う。冒頭のプロムナードにおけるトランペットの上手さといったら・・・。「ビドロ」のチューバも見事だった。それに各曲ごとに絶妙な間合いを取り、「キエフの大門」に向けエネルギーが収斂していく様は鳥肌モノ(「バーバ・ヤーガ」から「キエフ」に移った瞬間にパッと「気」が変わったように感じた。そう、会場がふっと「明るく」なったのである)。まぁこれは編曲者であるモーリス・ラヴェルのアレンジ能力が抜群であることを証明するものなんだけど。とにかく何度聴いてもこれは本当に名曲の名編曲だと思う。

20分の休憩を挟み後半。

・チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調作品36
本来はこのシンフォニーは重みをもつ暗い音楽のように思うのだが、今日はやけに明るさを感じさせてくれた。第1楽章の例の冒頭の金管のファンファーレがたまらなくいかす。それに、第2楽章のオーボエ・ソロが抜群に上手い。第3楽章のあのピチカートによる主部、中間部のロシア民謡も魅力的。そして、怒涛のフィナーレ。まさに「喜び」の爆発であり、人間の圧倒的勝利を示す賛歌である。
鳴り止まない拍手喝采を何度も受け、ゲルギエフが舞台と袖を行き来する。

~アンコール
・チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」作品24からポロネーズ
ゲルギエフは出の合図を出すなり、ほとんど動かない。ほぼオーケストラにお任せのようなスタイルで「オネーギン」から有名なポロネーズが突然鳴り響く。

ロシアの音楽とは、母なる大地の音楽であり、その中に自然も人間感情も、怒りや悲しみや、そして喜びが表現されていることがよく理解できる。こういうことは何も本場のオーケストラじゃないと表現できないものだとは決して言わないが、百戦錬磨のマリインスキー歌劇場管の力量が目の当たりにできた数時間。感謝。

2009年12月6日(日) 14:30開場、15:00開演
所沢市民文化センター ミューズ アークホール


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサート、いいですね! それに、所沢はお得ですよね。いつも思うことですが、主催が、招聘元かホールかによって、こんなにチケット代が変わるというのも面白いものですね。坂本龍一じゃないですけど、「じゃあ、本当のゲルギエフ&マリインスキー管の値段は幾らなの?」って感じです。
素晴らしいコンサートだったようですね! 容易に想像出来ます。ゲルギエフはウィーン・フィルとやるより、間違いなく何倍もいいでしょうね。目下のところ、こういうプログラムで観客を興奮の坩堝に巻き込めるのは、このコンビか、ヤンソンス&バイエルン放送響くらいでしょう。
しかし、この重厚なプログラム、日本のオケでは困難ですよね。「1812年」「展覧会の絵」「チャイ4」と続けると、もの凄いスタミナが要求され、特にこれらの曲では極めて重要な役割の金管セクションが、間違いなく「チャイ4」くらいではバテてしまいます。マーラーの6番や7番を1曲演奏するより、余程きついと思います(だから、井上道義と名フィルが、ショスタコの11番と12番を日比谷にて一晩でやった時には、それだけで凄いと思いました)。
外来の演奏家の、特に演奏会後半の追い込みの底力は、管であれ、弦であれ、日本人には最も苦手な部分でしょうね。こういうプログラムで、日本のオケがバテるのは、サッカーの日本代表が強豪と対戦する時、前半飛ばしても、後半必ずといっていいほどバテて、動きが緩慢になり失点を重ねるのと、とてもよく似ています。
日本オケのスタミナ強化 具体的対策私案
①奏者は、日々の走りこみや腹筋運動等により基礎体力をつけ、年間数回は、的確なスポーツ科学に基づき、高地トレーニングを実施する(活性酸素で老化が早まるなんて、「自己チュー」を言わないこと・・・笑)。
②キムチを毎日食べる。
③頭がハゲてもいいから、毎日スケベなことばかり考える。
「人間力」とは、いろいろ理屈を並べても、詰まる所「体力」しかないと、最近仕事に疲れ気味の私は、痛感しておるのですよ。実感だから、これホント!!
ゲルギエフも偉いです! 男の中の男!! 精力剤のCMに出て!!(笑)

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>坂本龍一じゃないですけど、「じゃあ、本当のゲルギエフ&マリインスキー管の値段は幾らなの?」って感じです。
ほんとうにそうですよね。おそらく所沢市は利益を乗っけてないんだと思います。逆に言うと、民間がどれだけ利益を乗っけてるんだということですが。
>こういうプログラムで観客を興奮の坩堝に巻き込めるのは、このコンビか、ヤンソンス&バイエルン放送響くらいでしょう。
同感です。それにしてもゲルギエフ&マリインスキー歌劇場管は抜群でした。
>特にこれらの曲では極めて重要な役割の金管セクションが、間違いなく「チャイ4」くらいではバテてしまいます。
確かに!!
>「人間力」とは、いろいろ理屈を並べても、詰まる所「体力」しかない
そうですね、「体力」はどんな場合でも最重要な要素です。雅之さんご提案のスタミナ強化案、これは実践すべきですね(笑)

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