ブーレーズ指揮ウィーン・フィルのマーラー交響曲第6番を聴いて思ふ

mahler_boulez「ニューヨーク・レヴュー・オブ・ブックス」紙1976年10月28日号に掲載されたピエール・ブーレーズによるマーラー論には次のようにある。今日聴くことが可能なブーレーズの冷たく醒めた、それでいて均整のとれたわかりやすい演奏の原点がこれらの言葉の内に発見することができる。

マーラーの場合、彼の一生と彼の作品―メロドラマと苦悩―をかたくなに混合しようとする伝説を避けて航行することは、何とむずかしいことか。

マーラーの作品の熱狂的な解釈にもそれなりの価値を認めてやって、マーラーが残した、出来ばえにむらのある記念碑の数々と直接にぶつかってみようではないか。
中矢一義訳「今日のマーラー」
「音楽の手帖マーラー」P102

一時の熱狂に屈すれば屈するほど、本来の意図が裏切られるからだ。そうした傾向は、マーラーの音楽の本質的あいまい性を破壊し、そうすることで、それを卑小化してしまい、その深い内容を空疎化してしまう。そのうえ、そのような放埓は、作品の多様な要素の釣合いを保っている潜在意識の構造を破壊し、それに代わるものとして、釣合いのくずれた、混沌たる解釈を作り出す。
~同上書P110

なるほど、「熱狂性」を認めつつも断固としてその中に埋没することなく、あくまで音楽を客観視、「均整」を確保しようとしたのがブーレーズのマーラーだということ。それゆえパッションの迸りは極限まで抑えられ、しかも単なる19世紀的浪漫には絶対に陥らず、ブーレーズがかく表現する「不死鳥神話の描写」を見事に体現するものになっているのである。

今日、人々がマーラーに魅せられる理由は、ひとつの時代―もうひとつの時代がその灰のなかから生まれてくるために死ななければならなかった時代―の終焉を熱烈に見て取った想像力が持つ催眠力にあることはたしかだ。マーラーの音楽は、不死鳥の神話をあまりにもといっていいほど文字通りに描き出しているのだ。
~同上書P104

ちなみに、愛妻アルマへの一種ラヴレターでもある第6交響曲ですらブーレーズの手にかかれば、一切の個人的感情を排した絶対交響曲として僕たちの前に現出する。

・マーラー:交響曲第6番イ短調
ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1994.5録音)

第1楽章アレグロ・エネルジコ・マ・ノン・トロッポにおける第1主題のゆっくりとした堂々たる足取りと、アルマへの憧憬を表わすような第1ヴァイオリンによる流麗で美しい第2主題との見事な対比に感動。
展開部に聴く特徴的なチェレスタも打楽器も実に精密でありながら音楽的。たったこれだけの中にもブーレーズの言う「マーラーの内側の深い不安」を想う。と同時に、ホルンのコラール風旋律に不思議な安寧を覚えるのも確か。
そして、再現部の金管の阿鼻叫喚は提示部にも増して明朗で確信的。楽譜の読みが極めて深いブーレーズならではの高踏的マーラーが見事に音化される。
マーラー的アイロニーと舞踏を的確に表現した第2楽章スケルツォを経ての第3楽章アンダンテ・モデラートはこの録音で最美。この静けさと甘美な旋律はマーラーの他の交響曲のどの緩徐楽章に優るとも劣らぬもの。決して冗長にならず、決して物足りなくもなく。
そして、フィナーレにおいてもブーレーズの冷静さは変わらず、冒頭の「悲劇的」な旋律にも感情は横溢しない。そう、そこには楽譜に記された音楽あるのみ。とはいえ、頂点で響くハンマーは恐るべし。

マーラーの作品には、理性でまったく制御できなくなるほどに成長してしまった世界をかき回そうという決意をめぐって苦悩したかのような、深い不安が感じられる。マーラーは一致と矛盾が等しい割合で現れてくる一群の作品を創造するという気の遠くなるような仕事を自分に課した。音楽体験の機知の領域に満足しないマーラーは、当時の慣例に比べれば明らかに整頓されておらず、ひとりよがりの喜びの対象になることも少ないと思われる、秩序を求めた。
~同上書P107-108

ゆえに、当時の聴衆が理解するのは実に困難だった。第6交響曲も一筋縄ではいかぬ。マーラーは1904年秋のリヒャルト・シュペヒト宛手紙でこう書く。

私の「第6」は謎を投げかけるでしょう、それに近づきうるのは、私の5曲の交響曲すべてを受け入れて咀嚼した世代のみでしょう。
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P309

20世紀の初頭、そんな輩はほとんどいなかったのでは・・・。

 

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