フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルのブラームス交響曲第1番(1947.11録音)ほかを聴いて思ふ

スタジオでのヴィルヘルム・フルトヴェングラーは客観性を重視し、観客を前にしたときよりも燃えなかったと言われることが多いが、この録音を聴く限りにおいてそんなことはないように思われる。文字通り「灼熱」の、うねるブラームス。
聴いていて心が逸る。
血はたぎり、脳みそがきりきり舞い。
ベートーヴェン以上に思い入れがあったのではないかと思わせるほどの入魂ぶり。

ブラームスは彼の生きた時代に対して、最も深い内心において対決しなければならなかった最初の人となりました。それも彼以前の同胞である音楽家たちにとって明々白々たる公理であったものを、決意をもってなしとげねばならないのでした。―すなわちあらゆる芸術的訓練の中心点に人間を持ちこむこと。―いつも新鮮でいて、しかもいつも変わらぬ同じ人間を中心に置くこと。
(1934年ブラームスと今日の危機)
フルトヴェングラー/芳賀檀訳「音と言葉」(新潮文庫)P108

人間ドラマの模範としてのブラームスの芸術をフルトヴェングラーは買ったのだと思う。
明らかにフルトヴェングラーのブラームスでありながら、いつも真新しい何かの発見があることは、彼が理想としたブラームスの在り方。戦後まもなく、非ナチ化裁判の無罪判決が出た後、早々に録音されたブラームスの新鮮さに心動かされる。

ブラームス:
・ハイドンの主題による変奏曲作品56a(1952.1.27Live)
・交響曲第1番ハ短調作品68(1947.11.17-20録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

いかにも外に拡散するようでいて、内側に収斂されゆくブラームスの音楽は、間違いなく暗い。暗鬱な音調をよりデモーニッシュに、しかし、あくまで解放・昇華するべく音化するフルトヴェングラーの指揮は他の何物にも代え難い魅力。

ワーグナーにあっては外部に向けられた反応が、ブラームスにあっては内部に向けられている。ブラームスは、深い自己意識と「冷静さ」によって自己を作品へ、ひたすら作品へと集中する。作品を凌駕する一切のものを意識的に拒否する。彼は、作品がその形象を通して彼自身の体験を証すであろうことを確信していた。それは作品にも影響を及ぼす。
(1941年ワーグナー問題)
~レコード芸術・別冊「フルトヴェングラー―時空を超えた不滅の名指揮者」(音楽之友社)P85

例えば、「ハイドン変奏曲」終曲での解放感は極大。実演ならではの集中力が見事。
そして、ムジークフェラインザールでの交響曲第1番の凝縮美。
何より素晴らしいのが、第1楽章ウン・ポコ・ソステヌート—アレグロの熱波。
あるいは、第2楽章アンダンテ・ソステヌートの安息。
また、終楽章アダージョ—ピウ・アンダンテ—アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオの壮絶な歌(これぞ十八番。これほど理想的なアゴーギクとデュナーミクで表現される音楽はなかなかないように思う)。

楽界全体が、これほどまでに切なる思いで、1人の作曲家の最初の交響曲を待ち望んでいたというのも、ほとんど例のないことだ。これはとりもなおさず、ブラームスがとてつもなく高度で、しかも複雑な形式を用い、飛び抜けた作品が書けると信じられていたことを、はっきり物語っている。
しかしながら、聴衆の期待が大きくなればなるほど、また新たなる交響曲を望む声が高まれば高まるほど、ブラームスの心は慎重、かつ細心になっていったのである。良心の呵責と、厳しい自己批判の念に駆られるのが、彼の性格の著しい特徴である。彼は自らの創作に対して常に最高の成果を望み、その達成のためには全力を尽くしている。安易な気持など抱くことはできないだろうし、これからもそうであろう。
エドゥアルト・ハンスリック 1876年12月17日、ムジークフェラインでの初演評(指揮:ヘルベック)
日本ブラームス協会編「ブラームスの『実像』—回想録、交遊録、探訪記にみる作曲家の素顔」(音楽之友社)P10

ブラームス・シンパであるハンスリックの手放しの評がすべてを語る。

 

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