ストラヴィンスキー再発見!

ショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲のアメリカ初演を巡って、トスカニーニ、ストコフスキー、クーセヴィツキーの3者が初演の権利を争ったことは有名な話(結局、トスカニーニ=放送初演、ストコフスキー=公開初演、クーセヴィツキー=初録音で折り合いがついたらしいが)。ショスタコーヴィチに限らず、20世紀の米露の音楽地図をひもといてみるといろいろと面白い事実が浮かび上がりそうだ。
レオポルド・ストコフスキーはショスタコーヴィチの作品の米国初演を結構な頻度で担っているが、例えば20歳ほど年長のストラヴィンスキーの場合は、作曲家本人かセルゲイ・クーセヴィツキーに依頼することが多かったよう。というよりクーセヴィツキーは20世紀の著名な作曲家に作品を委嘱し、現代音楽の普及に努めた人だから当然と言えば当然。バルトークのオケコンもそう、ラヴェル編曲の「展覧会の絵」だってそう、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」もそうなのだから、クーセヴィツキーあっての20世紀音楽界と言っても過言でない。

しばしネット・サーフィンを繰り返すうち、少し古い(10年近く更新されていない模様)が面白いサイト(「なんたってストコフスキー」)を見つけた。どうやらストコフスキー・マニアの方が制作したもののようだが、未知の事実がたくさん掲載されており、ほんの少し目を通してみただけでとても勉強になる。どうやらトスカニーニとストコフスキーの間にも相当な確執があったよう。権力を巡る人間模様は古今東西変わらない。

ということで、ショスタコ一休みで、先年ラトルがベルリン・フィルと録音したストラヴィンスキーの交響曲集を。原始主義以降のストラヴィンスキーについては、やりたいことはわかるけれど、いまひとつ僕の中でピンとくる作品が少なかったのだが、ここ数ヶ月ショスタコーヴィチに浸り、周辺の音楽(クラシックに限らず)も耳にし、サイトや文献をあさり歴史的背景を少しずつ蓄積してゆく中でストラヴィンスキーのこれらのシンフォニーの重要性についても理解が深まった(気がする)。

何というか非常に理性的でありながら(極めて高踏的という意味合いもあり)、剥き出しの感情がほとばしり、右左脳のバランスがとれた実に傑作揃いだとようやく見えてきた、そんな感じ。

ストラヴィンスキー:
・3楽章の交響曲
・詩篇交響曲
・ハ調の交響曲
・管楽器のシンフォニーズ
ベルリン放送合唱団
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2007.9.20-22Live)

ここにはショスタコーヴィチ的思考の裏表はない。直線的で仕掛も何もない(本当かどうかはわからない。あくまで僕の独断と偏見的感想)。それはラトルの棒の確かさにもよるのかもしれないが、驚異的なバランスで、聴いていて限りなく「ゼロ」の状態に誘ってくれる。

ショスタコーヴィチが戦争間近の祖国で第6交響曲を書いていた頃、ストラヴィンスキーはフランスからアメリカに渡っている。こういう背景だけをみてみても明らかに2人の音楽家の立ち位置の違いが明確になる。アメリカ移住後の最初の作品「3楽章の交響曲」は、作曲者自身の言葉を借りるなら「あの鋭く移り変わる出来事の起こった時代、絶望と希望、絶え間ない苦悩や緊張、そして最後に終戦と救済が起こるといったような困難な時代に彩られた印象や経験が、この曲に痕跡を残しているのを確かに見出し得るであろう」(音楽之友社刊作曲家別名曲解説ライブラリー25ストラヴィンスキー)という戦争を意識した音楽と言えるのだが、実際には映画で観た戦争の様々な出来事の印象の下に書かれたということだ。僕に言わせればこの「映画で観た」というのがミソ。悲しいのだが、どこか冷めている、怒りを表そうにもどこか奥歯に物が挟まったような・・・。

ただし、これらはストラヴィンスキーに対する僕の決して否定的な見解ではない。フィルムを見ているような大袈裟さと細かいところまで描写されながら作り物っぽい安っぽさが余計にストラヴィンスキーの天才だと思うから。


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