1954年バックハウス来日演奏会!

backhaus_recital_1954.jpg久しぶりに「何もない」1日。
打ち合わせや研修や、あるいは大学の講義で日中が潰れる時は、基本的に落ち着いて物を考えたり、整理することが難しい。ひとつひとつやるべきことを片づけてゆく。

昨晩、昨年末に引き続き、Oご夫妻、Y先生ご夫妻とともに青山でお食事会。
その時にも書いたが、Oさんは独身の頃、日比谷公会堂で錚々たる来日アーティストのリサイタルに触れられており、当時のプログラムやチケットをお持ちくださり、さらにはゆっくり見てくださいと、大切なお宝をお貸しくださった。

例えば、ヴィルヘルム・バックハウスの1954年4月9日の演奏会(入場料500円!)。

J.S.バッハ
・イタリア協奏曲ヘ長調
・半音階的幻想曲と遁走曲ニ短調
・フランス組曲第5番ト長調
ブラームス
・ラプソディト短調作品79-2
・間奏曲変ホ長調作品117-1
・間奏曲変ロ短調作品117-2
・カプリッチョロ短調作品76-2
・間奏曲ハ長調作品119-3
ショパン
・バラード第1番ト短調作品23
・夜想曲変ニ長調作品27-2
・練習曲作品25-1,2,3,9,作品10-5

そして、4月23日のリサイタル。
・モーツァルト:奏鳴曲ハ長調K.330
・シューマン:幻想曲ハ長調作品17
・シューベルト:
楽興の時作品94
・シューベルト:奏鳴曲変ロ長調作品142-3
・ショパン:練習曲作品10-1,2,3,作品25-6

しかも、「バックハウス氏の訪日によせて」と題するシゲティの推薦文が時代がかっているものの実存感に溢れていて素晴らしい。

「私が最も尊敬しているピアニスト、ヴィルヘルム・バックハウス氏が日本を訪問されることは、日本の音楽界のために又彼自身のためにもまたとない素晴らしいことだと大いに喜んでいる次第です。私が初めてバックハウス氏と協演したのは1907年から8年にかけて彼と英国へ演奏旅行に出かけたときです。当時の彼はちょうど売り出しはじめたところで、若々しいはつらつとした演奏ぶりは将来を嘱目されていました。以来彼と私とは大の仲よしになり何かにつけて相談、お互いに助け合つてきました。私は1952年スイスのジュネーヴで開かれた演奏会で彼と協演して以来ここ二カ年ばかりお会いしていなかつたが、今度はからずも彼が米国を経由して日本に行くことになつたので二年余ぶりで再会を喜ぶことが出来ました。彼は往時とちつとも変わっていません。彼のテクニックはますます円熟みを加えてきました。1952年スイスで彼と一緒に演奏したのはベートーヴェンのコンチェルトでしたが、その時の感激は一生忘れません。彼は人間が到達出来る最高のテクニックを備え、その豊かな音色は金の玉をころがすごとくにさえわたり、軽妙なタッチは”人間の手”というよりなにか神秘的な神わざのなせるところといつた感を与えました。私は時々「バックハウス、ギーゼキング、コルトーの三ピアニストの比較論」を問われますが、この三人は三人ともそれぞれ偉大な特長を持つていてとても簡単な言葉で三人の特色をいいあらわすことは不可能です。というのは偉大な芸術家はすべて自分だけしか持たない”独特の境地”というものを持つているもので、この境地を比較したり、真似たりすることはすべきものではなく、またしようとしても出来るものではないのです。私がバックハウス氏についていいうることは「彼の演奏の正確さは前代未聞でおそらく一種の諺にしてもさしつかえないくらい適確なタッチを持つていること。しかもその中に無限に伸びる弾力性と柔らかみを蓄えていること」である。

適確なタッチと、無限に伸びる弾力性と柔らかさ・・・。
およそ、後世の我々がイメージするバックハウス像とは正反対のスタイル。

beethoven_5_backhaus_ueda.jpg生を得る10年前の日比谷公会堂の一夜を想像しながら、悦に入る。
嗚呼、それにしても羨ましき哉。

・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」
・ショパン:練習曲変イ長調作品25-1
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)
上田仁指揮東京交響楽団(1954.5.3Live、日比谷公会堂)

この時の来日時の音源としておそらく唯一残されているであろう東響とのコンチェルトの録音でも聴いて癒されるとするか・・・。終演後の聴衆の熱狂的拍手が尋常でない・・・。

※ほかにもフランソワやギレリス、オボーリンらの来日時のパンフレットをお借りしている。順番に楽しませていただこうと思う。それにしてもこの頃の主催がほぼすべて毎日新聞社だというのはどういうことなのだろう?


7 COMMENTS

雅之

おはようございます。
羨ましいというしか言葉がないですよね。往年の名演奏家の日比谷公会堂ライヴの御経験は。
私は、戦前・戦中~戦後昭和30年代までにタイムスリップした不思議な感覚や、超デッドな響きで音が直接飛んでくる迫力と、座席は窮屈ですが演奏者と聴衆の絶妙な距離感が味わえ、そして入場前には公園の素晴らしい緑を散策できる日比谷公会堂でのコンサートに、東京時代、井上道義のショスタコ・チクルスですっかり魅せられてしまいました。
その超デッドな響きは東京文化会館の比ではなく、半端ではありません。
コンサートホールって、オーディオ同様に大切ですよね。私はオーディオでは、タンノイやマランツといったソフトな音が疲れなくて好きなのですが、コンサートホールでは必ずしもそうではありません。東京都響が、よく定期演奏会を同じプログラムで、金曜日に東京文化会館、土曜日にサントリーホールでやったりしていますが、両方聴くと、演奏の印象が響きによって大きく変わり、毎回驚いたものです。でも、都響の場合は、文化会館よりサントリーの方が好印象のことが多かったです。文化会館は響きは好きなのですが、いかんせん広過ぎます(NHKホールは論外)。その点、日比谷公会堂は、聴く側としては、広さが音楽ホールとして理想です。
バックハウスは、絶対に日比谷公会堂で聴きたいです(でも、フランソワやオボーリンは、やっぱり新しいホールの方がいいかなあ)。タイムスリップして昭和30年代の若い女性と日比谷公会堂のコンサートでデートしたいです、キチキチの座席で体をくっつけ合って・・・、終わったら月夜の日比谷公園のベンチでぎこちなく感想述べ合った後、チュウチュウ・・・いいなあ親世代!!、未来も明るかったし・・・(微笑)。
日比谷公会堂で、その昔、故 柴田南雄氏がカラヤン&VPOで、ブルックナーの交響曲第8番を初めて生で聴いて、腰が抜けるほどその迫力に喫驚し感動したという体験談も、このホールを体験すると納得です(もし、クナ&ミュンヘン・フィルをあのホールの音響で聴かれたら、もっと凄かっただろうと思いますが)。
とにかく、日比谷公会堂は、諸先輩の人生や、歴史を体感できるのが素晴らしいです。そして、まさに今夜なんですよ!、井上道義の第九!! 行きたかったなあ(涙)。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/100627/msc1006270904000-n1.htm
《不思議な響き持つホール 日比谷公会堂 開設80周年記念で「第九」》 2010.6.27 09:03 産経ニュース
昨年10月に開設80周年を迎えた東京都千代田区の日比谷公会堂で来月、ベートーベンの「交響曲第9番」の公演が行われる。「第九」は、戦火の激しい終戦間近に演奏された、公会堂にとってはゆかりの曲。タクトを振る世界的な指揮者の井上道義(63)は「新しさって一体なんだろう、豊かさって今まで考えてきた方向で良いのだろうか。そんないろんなことを振り返るきっかけになると思います」と強調する。(竹中文)
                   ◇
 演奏者、指揮者、演奏曲目。コンサートを訪れる目的はさまざまだろう。ただ、7月2日に日比谷公会堂に足を運ぶ人たちには、共通の思いがあるはずだ。公会堂開設80周年記念事業実行委員長も務める井上は「今回の演奏会では、聴きに行く理由のひとつに、ホールを体験したいというのが入ってくるでしょう」と語る。
 ◆古いものを大事に♪
 日比谷公会堂では、終戦約2カ月前の昭和20年6月に、日本交響楽団(現・NHK交響楽団)が「第九」を演奏した。「空襲で東京が焼け野原になった後でしたから周りには何もなかった。食べ物もなかったでしょう。それでも当時の人々にとっては音楽が必要だった」と井上は力を込める。
 「日本では、このくらいの年代の建物に対して愛情がない。ほどほどに古いものはどんどん新しくしてしまう。今回の音楽会は、古いものを大事に思う気持ちについても考えるチャンスになるんじゃないかな」
 井上が初めて「第九」をホールで聴いたのも、日比谷公会堂だった。「指揮者になろうと思っていた10代のころ、『第九』を聴いて勉強しなければいかんな、と思ってね。さまざまな書物で偉大な曲のように書かれているけれど、本当かなと思ったんです」と笑う。
 試すような気持ちで挑んだが、「合唱が始まったときに、月並みにすごいと思った」と振り返る。「書いてある通りだと感じてがっくりきた。合唱では、ベートーベン自身が自分の殻を破ろうとしたのが伝わってくるんですよね」
 ◆残響が少ない♪
 井上の考えでは、ベートーベンの曲の多くは残響が少ない日比谷公会堂に「合う」のだという。同公会堂の平成7年の資料によると、東京都港区のサントリーホールは残響が2・1秒、台東区の東京文化会館は1・6秒だが、日比谷公会堂は1秒と少ない。近年では残響の少なさを敬遠する音楽家もいて、3年前に井上が「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト2007」を行う前は約20年間、本格的なプロの演奏はあまり行われなかった。
 井上は力説する。「こういうちょっと不思議な響きを持ったホールを、僕は他に知らない。ホールが拡声器型の形をしていて音が飛ぶ。残響がない方がよいと言っているわけではないけれど、その方が合う曲はあるんです。残響が少ないと音楽家は油断ができない。楽員の隅から隅まで意識を伝えて、お客さんとコンタクトをとろうとしていないとバレてしまうんです」
 「第九」コンサートは、井上の指揮、NHK交響楽団の演奏で、7月2日午後7時開演。(電)03・5532・1522。
「日本では、このくらいの年代の建物に対して愛情がない。ほどほどに古いものはどんどん新しくしてしまう。今回の音楽会は、古いものを大事に思う気持ちについても考えるチャンスになるんじゃないかな」
という井上の言葉、耳が痛いです。歌舞伎座だって、東京厚生年金だってそう、日本では悲しいくらい、恥ずかしいくらいこうした古い歴史的建造物が残りません。いっそ外国人には、みんなゴジラが破壊してしまったと説明したいくらい(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=L_HkTP0ldv0
日比谷公会堂だけは、いつまでも永久に存続させて欲しいです。歴史の貴重な証人として・・・。
頼みますよ! 東京にお住まいの皆さま!!

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
日比谷については以前から雅之さんはおっしゃってましたよね。
残念ながら僕は日比谷での演奏会経験がないので語れませんが。
>私はオーディオでは、タンノイやマランツといったソフトな音が疲れなくて好きなのですが、コンサートホールでは必ずしもそうではありません。
>両方聴くと、演奏の印象が響きによって大きく変わり、毎回驚いたものです。
ホールって音楽する上で重要ですよね。僕はオペラシティが好きですね。文化会館はやっぱりちょっと広過ぎますかね(NHKホールは全く論外。同じくオーチャードホールもいただけません)。
>バックハウスは、絶対に日比谷公会堂で聴きたいです(でも、フランソワやオボーリンは、やっぱり新しいホールの方がいいかなあ)。
同感です!(コンサート後の日比谷公園でのデートってのもいいですね!笑)
日比谷公会堂での井上道義の第9があったんですか??!!
それは知りませんでした・・・(涙)
とはいえ、今晩、僕は紀尾井ホールでのファジル・サイのリサイタルがありまして・・・。「展覧会」ほかを聴いてきます。
>日比谷公会堂だけは、いつまでも永久に存続させて欲しいです。歴史の貴重な証人として・・・。
おっしゃるとおりですよね。厚生年金も歌舞伎座ももったいないです・・・。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちわ。
良かったですね!
一足お先に堪能してまいります。
報告はおそらくブログ上で!

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畑山千恵子

私は、この時代、ピアノの先生からも話を聞いても羨ましいですね。ケンプは1936年から1979年まで10回来日しました。しかし、バックハウスの来日はただ1回、これは残念です。もう1,2回は来てほしかったと感じています。
また、ケンプが1979年に来た年の秋、弟子のゲルハルト・オピッツが初来日となりました。これも感慨深いものですね。
ドイツのピアノ界も主役が変わりました。ヴィルヘルム・バックハウス、ヴィルヘルム・ケンプも伝説となり、今ではペーター・レーゼルとゲルハルト・オピッツの時代ですね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
こんばんは。
そうですね、バックハウスは来日がたった1回だったんですよね。
ケンプの79年の来日については本文中のOさんからパンフレットをお借りしています。それは第2回東京音楽芸術祭の一環だったようで、ほかにエッシェンバッハやアラウのリサイタル、シュライヤーの独唱会、そして極めつけはムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのコンサートなど1ヶ月間で錚々たるメンバーが来日しているようです。
>今ではペーター・レーゼルとゲルハルト・オピッツの時代ですね。
先般からコメントをいただいているレーゼルのベートーヴェンは残念ながらいまだに聴きに行けておりません。次回こそはと思っております。

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