ブーレーズ指揮クリーヴランド管のマーラー交響曲第7番(1994.11録音)を聴いて思ふ

芸術における創造と再生の違いをピエール・ブーレーズは見事に言い当てる。

(作曲によって)想像上の風景を作ることはできるわけだが、そのあとその風景に書き込まれた道をたどらなければならない。同じ作品を何度も演奏し、自分自身のために徹底的にそれらを分析するのは、演奏者の仕事である。逆に言えば、作曲家がひとたび作曲し終えたら、その行程をたえず繰り返すことには関心がない。なぜなら、作曲家はほかの作品に取りかかりたいからである。
ヴェロニク・ピュシャラ著/神月朋子訳「ブーレーズ―ありのままの声で」(慶応義塾大学出版会)P108

自作ですら彼は、何度も練習した後でないと馴染むことができないというのだから、それはその通りなのだろう。実際、1963年11月、パリ・オペラ座でのヴィーラント・ワーグナー演出の「ヴォツェック」(!!)の指揮台に立つにあたり、ブーレーズは作品を原語で上演することと、30回のリハーサルを重ねることを条件にしたという。執念としか言いようがないが、それでも作品に徹底的に分析を加えるとなると、それ以外の方法はなかったのだと思う。

ブーレーズのマーラーも、おそらく相当のリハーサルを積んでの演奏だろう、これほど見通し良く、鮮烈な演奏はなかなかお目にかかれない。

・マーラー:交響曲第7番ホ短調(1904-5)
ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団(1994.11録音)

交響曲第7番ホ短調は、終楽章の唐突な明るさがアンバランスで失敗作だという人もいるが、少なくともブーレーズの演奏を聴く限りにおいて、巷間囁かれる不釣り合いは認められない。
暗く闘争的に聞こえるものの、間違いなく安寧を秘める第1楽章は、平和の歌。金管群の咆哮もうるさくなく、理想的な渋い響きを醸す。終始一貫して音量を抑え目に、限りなく柔和に表現されるのが第3楽章の剽軽な舞踏。この「鏡面」となる楽章の虚ろな美しさは、ブーレーズならではで、あの世とこの世の境目がいかに曖昧なものであるかを示すよう。
実際、生は暗く、死は明るいのだ。
たぶん、マーラーは死して真の自由を獲得したのだろうと思う。

晩年に、ワーグナーの「再生論」に共感を覚えたマーラーは、確かにその獲得に至る過程で相当に苦悩を抱えたことだろうと思う。終楽章の勝利の音楽が不自然に聞こえるのは、どんなに明るく希望をもって振舞おうと、所詮この世は茶番であり、執着だらけの暗黒だと、心底で訴えかけるような厳しさがある。その意味では、第1楽章のポジに対し、終楽章はネガ。僕はブーレーズの演奏を聴いて、ようやくそのことを理解できたように思う。

でも自分自身に立ち戻り、自分自身を意識すること、それは当地(トーブラッハ)の孤独の中でしかかなわないことなのです。―というのも、当時陥ったあのパニック状態以来、私はひたすら目をそむけ、耳を塞ぐしかなかったのです。―ふたたび自分自身へ到る道を見つけなければならないとすれば、孤独の恐ろしさに身を委ねるほかはないのです。しかし一体全体、私はまったくのところ謎めいた話し方ばかりしていますね。だって君は私の身に何が起こったのか、ご存じないのですから。想像しておられるような死に対するヒポコンデリー的な畏怖なのでは、よもやありませんでした。自分が死ななければならないことなど、最初からわかっていることでしたから。
(1908年7月18日付、ブルーノ・ワルター宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P360

ワルター宛のこの手紙から推察するに、ちょうど交響曲第7番を作曲の頃に、マーラーはある意味霊的な啓示を得たのではないか。まるで、1912年にカール・グスタフ・ユングが通常では理解できないいくつかの重要な夢を見たときのように。

私は南部の町にいて、狭い踊り場がある上り坂の通りにいる。真昼の12時で陽光が燦々と降り注いでいる。一人の年老いたオーストリア人の税関検査官かそれに類する人が私の傍を通り過ぎ、消えてしまう。誰かが「あいつは死に切れないんだ。3,40年前に死んだんだが、まだ自分を解放できないでいるんだ」と言う。私がとても驚いていると、そこに怪しげな人物がやって来る。彼はがっしりとした体格の騎士で黄色っぽい鎧を身にまとっていた。彼は堅固そうで、かつ謎めいていて、完全武装していた。彼は背中に赤いマルタ騎士団の十字を背負っている。彼は12世紀からずっとここに居続けていて、毎日、12時と1時の間に同じ道順を歩いているのだという。誰もこれらの二人の亡霊に目を奪われず、私だけが非常に驚いている。
C.G.ユング著/ソヌ・シャムダサーニ編/河合俊雄監訳/河合俊雄・田中康裕・高月玲子・猪股剛訳「赤の書」(創元社)P31-32

マーラーもきっと正午の亡霊に出くわし、それに驚き、この作品を創造したのだろうと思う。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む