ありのままに生きよう

 

beethoven_16_bernstein.jpg迷っているとき、人は誰か(何か)に後押ししてもらえる瞬間を待っている。4年前仕事を辞めるとき、僕自身もたくさんの友人から「きっかけ」をもらった。そして、内なる声が「これでいいのです」と自分に語りかけてきたとき、ようやく決心がついた。後先考えず、その決断でいいのか迷いながらも恐る恐る足を踏み出した。

美しく明るい月。満月の夜に聴くベートーヴェンの音楽は格別だ。特に、深い内容を湛えた最晩年のカルテットの世界は、満ちても欠けても美しさを決して失わない神秘的な月を想起させる。最後の弦楽四重奏曲作品135は、そのフィナーレに意味深な言葉が掲げられている。「ようやくついた決心」という標題、そして「そうあらねばならないか?」、「そうあらねばならない」という言葉。後年の研究者を悩ませることになるこれらのフレーズは何を意味するのか?

当時、ベートーヴェンは、自分自身の命があとわずかで尽きるとは思ってもみなかったはずだ。一般的には、死を悟った作曲者の諦観の極地の世界が表出されているようなことがいわれるが、そんな話は後付に過ぎない。作曲家はまだまだ精力的に活動しようと思っていたのではないか・・・。つまり、それまで「あくまで自分自身を演じてきた」ベートーヴェンがようやくその年にして「ありのまま、自然体」を表現できる余裕が生まれてきたことを悟ったということだ。そう、”Es muss sein.”は「ありのままに生きよう」という決心なのである。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135(弦楽合奏版)
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

バーンスタインが晩年にドイツ・グラモフォンに録音した一連のライブ録音を僕は好む。もちろん出来不出来はある。それでも80年代当時、僕は毎月のようにリリースされるレコード(CD)を心待ちにしていた。そのねちっこい、一度聴いたら忘れられない人間っぽい解釈に心を奪われた。

ベートーヴェンのありのままの生き様、本心の声を表現しようとするレニーの意思が手に取るようにわかるこの演奏は、他の何物にも代え難い魅力を持つ。しかも、弦楽合奏だからこそ表現し得た「深さ」がこの中にはある。

以前も書いたが、死の数ヶ月前の来日公演をドタキャンで聴けなかった悔しさは今でも忘れない。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>当時、ベートーヴェンは、自分自身の命があとわずかで尽きるとは思ってもみなかったはずだ。一般的には、死を悟った作曲者の諦観の極地の世界が表出されているようなことがいわれるが、そんな話は後付に過ぎない。作曲家はまだまだ精力的に活動しようと思っていたのではないか・・・。
小澤征爾とか桑田佳祐とか、いろんな著名人の闘病が、このごろやけに目に付きます。でも、みんな「諦観の極地」とはほど遠いですよね。さすがだと心から尊敬します。
たしか私は、岡本さんの二つか三つ年上のはずですが、1~2年くらい前から「人生の持ち時間」ということを強烈に意識するようになりました。本当に、人の一生とは短く儚いものだと思います。「時に勝てるものはいない」・・・、なんだかR・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』の元帥夫人の気持ちがよく理解できるようになりましたが、それと同時に、ベートーヴェンの後期の心境にも、若い時には想像できなかったほど強い共感を覚えるようになってきました。
それにしても、経験を重ね世の中のカラクリの裏側まで知ることが、果たして幸せなことなのかどうか? 何事にも「無知」な人のほうが素直で、「信じるものは救われる」のではないか?・・・、いろんなことを考えてしまいます。
>”Es muss sein.”は「ありのままに生きよう」という決心
そうかもしれませんね。しかし、研鑽を積み人生経験を重ねた人だけが到達できる境地での言葉ですよね。若い人が同じ言葉を吐いても、意味する背景は、似て非なるものだと思います。
ご紹介の16番や14番の弦楽合奏版の素晴らしさは、前にも話題にしましたよね。まったく同感です。
バーンスタインのベートーヴェンといえば、アムネスティ・インターナショナルに協賛したベートーヴェン・プログラムによるバイエルン放送響との特別演奏会が初CD化され、
http://tower.jp/item/2714283/ベートーヴェン:-ピアノ協奏曲第4番,-交響曲第5番,-他
先日何十年ぶりかで聴いて感動を新たにしたところです。アラウとのピアノ協奏曲第4番も魅力ですが、何といっても交響曲第5番《運命》が最高です。ウィーンPOとの録音を大きく上回る名演だと思います。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>みんな「諦観の極地」とはほど遠いですよね。さすがだと心から尊敬します。
やはりみなさん「生涯現役」という意識が強いんでしょうね。
そうありたいものです。
>1~2年くらい前から「人生の持ち時間」ということを強烈に意識するようになりました。本当に、人の一生とは短く儚いものだと思います。
なるほど、おっしゃるとおりかもしれません。1分1秒大切にしなかやなと思います。
>何事にも「無知」な人のほうが素直で、「信じるものは救われる」のではないか?・・・、いろんなことを考えてしまいます。
確かに!
ところで、ご紹介のバーンスタインの音盤、いいですか!
今更ベートーヴェンのコンチェルト4番や第5でもないかと無視していたのですが・・・。聴いてみたくなりました。

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