レーグナー指揮SKDのブラームス大学祝典序曲ほか(1973録音)を聴いて思ふ

リヒャルト・ホイベルガーによる、口うるさい、頑固なヨハネス・ブラームスにまつわるエピソード。

(1882年と83年の)2年間は、ブラームス・メモがたくさん残っている。なかでもオペラのテキストに関するものは面白い。ブラームスは毎年作家たちから、かなりの数の台本を送らせていたが、ほとんどは使い物にならず返却していたという。有名なオペラの台本で話題に上がったのはケルビーニの《水運び》(オペラ・コミック《二日間》のこと)と、モーツァルトの《フィガロの結婚》だ。私の大好きな《フィデリオ》の台本は、ボロボロに言われた。ブラームスによれば、《フィデリオ》は音楽こそ立派だが、全体から受けるはずの崇高な印象を味わえない。それは台本がまずいからだという。
ホイベルガー、リヒャルト・フェリンガー著/天崎浩二編訳/関根裕子共訳「ブラームス回想録集②ブラームスは語る」(音楽之友社)P28

ブラームスが、「フィデリオ」を認めないのはよくわかる。しかし、彼が崇高な印象を味わえていなかったのだったら、たぶん彼は台本を行間まで読み込んでいなかったのだろうと僕は思う。

ブラームスは指揮者に向っても意志を貫徹した。たとえばハンス・リヒターのことは高く評価したものの、条件付きだった。これは彼がウィーン・フィルのリハーサルに立ち会った時の話だ。
「(リヒターが)僕の《悲劇的序曲》をなしくずしに《大学祝典序曲》に変更して、しかもそれをいいかげんに練習しているんだ。頭にきたので彼のところに行って、はっきり言ってやった。“お気に召さないのなら、演奏していただかなくても結構です。お引きとりください”とね。あとで誰かに聞いたら、リヒターは“恥じ入り”その後真面目に勉強し、この序曲を演奏するのが、彼の誇りとするところになったんだってさ」
~同上書P29

ブラームスは厳しい。否、どういうわけかこのときばかりはリヒターが舐めてかかっていたのか?ハンス・リヒターのそういう性格を証明するようなコジマ・ワーグナーの言葉がある。

夕食の席にリヒターが到着。以前とまったく変わらない、有能で、すてきな人物。歌手がオペラのどこかを少しでも変えて歌ったりしたら罰金を取っているとか!
1872年5月12日日曜日
三光長治・池上純一・池上弘子訳「コジマの日記3」(東海大学出版会)P215

リヒターは本来有能かつ繊細で、真面目な人であるはずだから。
職人ハインツ・レーグナーの「大学祝典序曲」を聴いた。

ブラームス:
・大学祝典序曲作品80
・ハンガリー舞曲集
—第1番ト短調
—第2番ニ短調
—第3番ヘ長調
—第5番ト短調
—第6番ニ長調
—第7番ヘ長調
—第10番ヘ長調
—第12番ニ短調
—第13番ニ長調
—第17番嬰ヘ短調
—第18番ニ長調
—第19番ロ短調
—第20番ホ短調
—第21番ホ短調
ハインツ・レーグナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1973.7.5-9録音)

特別に何か仕掛けを施しているわけでもなかろうに、この気楽な序曲が実に深みをもって奏でられる様に吃驚する。おそらくそれはオーケストラの音色のせいもあろう、いかにもブラームス的ないぶし銀のごとくの渋さが素晴らしい。

ブラームスはつい最近、楽友協会音楽院の記念コンサートで《大学祝典序曲》を指揮したことを誇らしげに語った。演奏が終わり、いつもどおり拍手を受けたあと、音楽院の若きオーケストラ奏者にお説教をしたという。クラリネット奏者がゲネプロでミスばかりしていたことがきっかけだ。当の奏者は笑ってごまかし、仲間も右へならえ。ブラームスは指揮棒をたたいて演奏を止めたそうだ。
(1895年3月18日記述)
ホイベルガー、リヒャルト・フェリンガー著/天崎浩二編訳/関根裕子共訳「ブラームス回想録集②ブラームスは語る」(音楽之友社)P128

最晩年になっても気炎を吐いたブラームスは、レーグナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏を聴いたならどう評価したことだろう。
抜粋ではあるが、「ハンガリー舞曲集」の確信に満ちた響き。大交響曲のような生真面目さが横溢する有名な舞曲たちが、第1番ト短調から愉悦をもって歌われる様が武骨で美しい。

 

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