若杉弘指揮都響の柴田南雄「ゆく河の流れは絶えずして」(1989.1.12Live)を聴いて思ふ

minao_shibata_yukukawa_wakasugi750三日月を愛でながら柴田南雄の音楽を聴く。

人と人とが絡み、人生は山を形づくり、また谷をつくる。
人を愛することも、また憎むことも良し。
様々な体験を通して人は成長し、
その過程の中で人はまたさらに新たな人と出逢う。
行動あるのみ、すべてを流れに任せよ。

交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」。想像以上に壮大な音絵巻。
8つの楽章は古今の魅力的な形式によって語られ、様々なモティーフに溢れる。
しかも、少年時代に自らが体験したものが作品の根底にあるというのだから、自分史を冷静かつ客観的に見ることができるこの人の才能に感嘆の念を禁じ得ない。
作品創作のきっかけは次のようだと作曲家は語る。

つまり昭和50年といっても、半世紀の経過などは悠久の時間の中ではほんの一瞬にすぎず、しかも、その間に日本はかつてない大動乱、大変化を経験している。だが一方、この半世紀の日本の洋楽受容史を回顧すると、背後に西洋音楽史が透けて見えるような、古典派から前衛までを「追いつけ、追い越せ」式に貪欲にとり入れた時期であり、それはまた、小生の10歳から60歳までの自分史とも重なっている。そこで、これらの事象のすべてを8楽章から成る交響曲によって表現しようと考えた。
FOCD2507ライナーノーツ

時間の中で変容するあらゆる機会を音化し、表現しようとした意欲に賛辞を送りたい。
実際、記録された音を繰り返し聴いてみて、作品に通底する「統一」の精神に柴田南雄の世界観が見事に刻印されており、そうなると、昨年11月の実演に触れる機会を逸したことが実に悔やまれる。不穏な第1楽章アダージョに続く、(作曲者によると「古典派初期の様式」だという)第2楽章アレグロの諧謔美。プロコフィエフの質感に、どこかショスタコーヴィチの交響曲第9番の軽快な旋律が木魂する。また、エロ・グロ・ナンセンスといわれた時代を読み込んだという第3楽章スケルツォの、ソビエト社会主義リアリズムへの反発を想像させる音調も興味深い。

柴田南雄:作品集
・交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」(鴨長明:方丈記による)(no.48, 1975)
・北園克衛による三つの詩(no.21, 1954-58)
伊藤叔(ソプラノ)
東京混声合唱団
若杉弘指揮東京都交響楽団(1989.1.12Live)

昭和天皇崩御の5日後の実況録音であるところがまた不思議。
あの時期は、暗黙の了解で軒並み歌舞音曲を控える風潮にあったはずだが、都響の文化会館でのコンサートはそれに反して開かれたということなのだろうか、背景にある事情を知りたい・・・。

そのせいか、柴田が「ほぼロマン派ないし後期ロマン派のスタイルによる」という第4楽章アダージョ・カンタービレの弦楽器の泣くような清澄かつ深い慟哭の調べは、ことのほか僕たちの魂を刺激する。そして、第5楽章の強烈な前衛的響きを経て、第2部に移行、第6楽章ではいよいよ「方丈記」の有名な冒頭が合唱にて高らかに歌われる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。

形あるものはすべて無になるゆえ、固執するなかれ。
音楽こそまさに「うたかた」なり。

さらに、天変地異の史実を具体的に記した第7楽章「『方丈記』の口説」の、背筋の凍るようなリアルな恐怖感は若杉&都響ならでは。

また、同じころかとよ、おびたゞしく大地震ふること侍りき。
そのさま、よのつねならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。

終楽章での、不気味な管弦楽をバックにしての朗読は聴く者に哀しみとあらゆるものの無常を喚起する。

芸術の時代は今や終ろうとしています。今日たしかに存在しているのは、芸術や芸術家そのものよりも、むしろ過去の芸術や芸術家へのあこがれではないでしょうか。今日芸術家と呼ばれている一群の人々は、十九世紀的な芸術生活へのあこがれに生きる人々であり、また人々は過去への根強いあこがれから、彼らを芸術家と呼んでいるにすぎないのではないでしょうか。
「現代人と音楽―芸術の時代は終わろうとしている」
「柴田南雄著作集Ⅱ」(図書刊行会)P486

交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」は、まさに過去の芸術へのあこがれからの発露だろう。おそらく自戒を込めたであろう柴田南雄のこの言葉にこそ真実があるように思う。
柴田南雄21回目の命日に。

 

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2 COMMENTS

雅之

今、盛んに柴田南雄が回顧されていますね。私も柴田南雄好きですが、岡本様に聴いていただきたい柴田南雄じゃない(最近の私では珍しく)対抗お勧めCDを。

コゥオペレーション / 篠原眞作品集

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%82%A5%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E7%AF%A0%E5%8E%9F%E7%9C%9E%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86-%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E6%98%8E%E5%AD%90/dp/B00004LMUT/ref=sr_1_fkmr0_1?s=music&ie=UTF8&qid=1486120259&sr=8-1-fkmr0&keywords=%E8%8A%AD%E8%95%89%E3%81%AE%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

聴いていただけないなら、今度お会いした時あげちゃいますよ(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様

またよく知らない、しかし興味深い音盤を!!!
柴田南雄の対抗おすすめということなら買いますよ。聴きます。そしてまた感想アップします。
いろいろと立て込んでおりますので、しばらく時間を要するかもしれませんが。(笑)

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