ベルグルンド指揮デンマーク王立管のニールセン交響曲第5番(1988.8録音)ほかを聴いて思ふ

カール・ニールセン。
この、北欧の、どちらかというと晦渋な印象の拭えない作品を生み出した作曲家の実演を初めて聴いたのは、1989年のロンドンはロイヤル・アルバート・ホール、プロムスでの一夜のコンサートだった。正直、当時の僕にはわからなかった。

PROMS 89
1989年8月19日土曜日19時半開演
ローランド・ペンティネン(ピアノ)
ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団
シベリウス:レミンカイネン組曲(4つの伝説曲)作品22
・第1曲「レミンカイネンとサーリの乙女たち」
・第2曲「トゥオネラの白鳥」
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調作品16
休憩
ニールセン:交響曲第5番作品50

記憶に残るのは、極めて熱い演奏だったであろうこと。しかし、残念ながら会場の音響の悪さに辟易したことを思い出す。

終演後の熱狂から想像するに、ネーメ・ヤルヴィのニールセンは確かに素晴らしかったはず(もちろん録音も素晴らしい)。一体と相対を見事に音化した交響曲第5番が美しい。特に、第1楽章第2部アダージョの、底なしの透明感。何という平和、何という安寧。ベルグルンドのあまりの自然体の演奏に痺れるのである。

ニールセン:
・交響曲第5番作品50(1988.8.15-18録音)
・交響曲第6番「シンプル」(1989.8.17-19録音)
パーヴォ・ベルグルンド指揮デンマーク王立管弦楽団

第1楽章テンポ・ジュスト―アダージョの驚異。なるほど、あらゆる楽想が跋扈する傑作だとあらためて知る。そして、4つのパートに分かれる第2楽章の、音楽の緊密さと、指揮者の集中力に舌を巻く。

音楽の良し悪しは、ほぼ指揮者による。パーヴォ・ベルグルンドのニールセンを久しぶりに耳にして、指揮者の共感がいかに聴く者に移るかどうかがわかった。ここでのベルグルンドは、心からニールセンの音楽を堪能しているようだ。オーケストラ然り。

人生とは足し算ではなく引き算であるといわれる。
いかに削ぎ落し、研ぎ澄ますか。
ニールセンはその方法を全うした音楽家である。

ところで、奇しくも僕がプロムスでニールセンを聴いていたその日、ベルグルンドは交響曲第6番を録音していた。
生真面目な第1楽章テンポ・ジュスト、また、エキセントリックな第2楽章「フモレスケ」、白眉は、短いながら悲しみの絶唱示す第3楽章「プロポスタ・セリア」。第4楽章「主題と変奏」は、まるで剽軽ピエロ。第9変奏のシニカルでありながら強力な全奏になぜか魅かれる(おそらくその民族色豊かな、俗謡の響く旋律に魅力を感じるのだと思う)。

音楽が他人に与える影響は甚大だ。

ニールセン家も父はペンキ職人であり、生活のために農場の手伝いなどもしていたが、12人の子だくさんゆえ、たいへん貧しい生活だったにもかかわらず、明るい性格で、人々から好まれ、愛されていた。音楽の嗜みがあり、ヴァイオリンとコルネットをかなり巧みに奏で、村の楽隊を組織して結婚のパーティーや祭りなどの折に演奏し、評判となっていた。
母は貧乏な中で、たくさんの子供たちの世話をしなければならなかったが、性格はやさしく、おだやかで、よく民謡を歌っていた。貧しいながらも幼いカールは、心の温かい両親のもと、村の楽士たちの音楽や民謡などに接しながら育っていった。
「作曲家別名曲解説ライブラリー18 北欧の巨匠」(音楽之友社)P102

何より幼い頃の環境、否、大人になってもどんな環境にあるかが重要だ。

 

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