戦没学生のメッセージ―戦争に散った若き音楽学徒たち(2017.7.30Live)を聴いて思ふ

33年前の夏の今頃、群馬県上野村の御巣鷹の尾根に日航機が墜落した。あの日は、蒸し暑い日で、運転免許試験に合格し、はじめて免許証を交付してもらったことと、翌日からの菅平での合宿に備えて準備が慌ただしかったことが重なったせいか、僕の記憶は不思議に生々しい。
どこか不自然さの残る直後の対応や報告書の内容に疑問が残るもので、様々な噂が絶えないが、いまだ巷間囁かれるあの壮絶な事故の真相は果たしてどうなのだろう?たぶん、きっとおそらく本当のところは表になることはこの先もずっとないのかもしれないけれど。

先日、当時の上野村の村長であった黒澤丈夫さんにまつわる記事を読んだ。
黒澤村長は、事故から遡ること40年前、太平洋戦争での特攻を拒否した零戦隊長だったそうだ。

33年前の夏、日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落し、死者520人という未曾有の犠牲者を出した。その墜落現場となった上野村の村長は、奇しくも飛行機とは縁の深い男だった。この年からちょうど40年前、日米開戦の日にフィリピンの米軍基地を空襲して大戦果を上げ、以降、連合軍機を圧倒し続け、「無敵零戦」神話をつくった名戦闘機隊長だったのだ。上野村村長を15年にわたって取材した神立氏によれば、戦争で多くの戦友、部下をうしなった村長は、誰よりも墜落事故の犠牲者に寄り添う気持ちが強かったという。
サイト「現代ビジネス」(講談社)2018年8月12日

運命の悪戯か、はたまた必然か。

「うちの村に墜落したのもなにかの縁だ。精一杯、できるだけのことをして犠牲者の霊を弔おう」

すべての体験が贈り物であるという証のような経験。

「いちばん思うのは、迷走中の32分。死を目前にしての32分というのは、これは大変なものです。特攻隊もそうだが、考える時間があるのは、むしろむごいと思う。死を待つしかなかった乗客、乗員たちの心情を思うと、ほんとにやるせないですよ。」

死を間近にした極限状態を体験した人にしかわからないであろう心情。

「弟2人が戦死し、父が終戦の年の春に死去したために、生家に残された母と妹が困っていたので、村に帰ることにしました。しかし、懐かしい故郷とはいえ、あまりにも山ばかりで未開の地ですから、妻子を連れて帰るのには大きな決心を要しました。それで村に帰ってみたら、村人たちから”戦犯”呼ばわりされ、白い目で見られましてね・・・」

「終戦の動きは、8月10日ぐらいからいろいろな情報が入っていました。8月15日は、いよいよくるべきものがきたな、と思うと同時に、それまでの犠牲の大きさを思って、戦争の虚しさをしみじみと感じましたよ」

ノンフィクション作家神立尚紀さんによる、黒澤さんの言葉が一言一句身に沁みる。
73年目の終戦の日に、あえて月並みな言葉を残すつもりは毛頭ないが、戦時中学徒出陣の命を負い、海の向こうに散った東京音楽学校の学生たちの遺作を軸にしたコンサートが昨年開かれたようで、そのときの模様を収録した音盤を、偶々先般贈っていただいたので、繰り返し聴いてみた。何だか、言葉にならない慟哭の叫びが聴こえるようで、芯から感動した。

戦没学生のメッセージ―戦争に散った若き音楽学徒たち(2017.7.30Live)
・葛原守(1922-45):
―歌曲「犬と雲」(西條八十詩)
―歌曲「かなしひものよ」
―オーボエ独奏曲「無題」
・鬼頭恭一(1922-45):
―「鎮魂歌」
―無題(アレグレットハ長調)
―歌曲「雨」(清水史子詩)
・草川宏(1921-45):
―「級歌」(信時潔監修/一色範義詞、風巻景次郎監修)
―歌曲「黄昏」(島崎藤村詩)
―歌曲「浦島」(島崎藤村詩)
―ピアノ・ソナタ第1番
・村野弘二(1923-45):
―歌曲「君のため」(宗良親王詩)
―歌曲「この朝のなげかひは」(大木惇夫詩)
―歌曲「重たげの夢」(三好達治詩)
―オペラ「白狐」より第2幕「こるはの独唱」(岡倉天心台本)
澤原行正(テノール)
金持亜実(ソプラノ)
河村玲於(オーボエ)
松岡あさひ(ピアノ)
小鍛冶邦隆(ピアノ)
中田恵子(オルガン)
澤和樹(ヴァイオリン)
迫昭義(ピアノ)
永井和子(メゾソプラノ)
森裕子(ピアノ)
田中俊太郎(バリトン)
高崎翔平(バス)
成田七海(チェロ)

70余年の月日を経て蘇る音楽たち。
どの作品もいわば習作の類、時には断片的スケッチに過ぎないものも多かったようで、困難を超え、形にし、演奏するまでに至った関係者の尽力には大変恐れ入る。すべての音楽が、お世辞抜きに心底意味深く、そして極めて感動的に響くのだから何という摩訶不思議(その背景を知るがゆえの影響はもちろんあろうが)。

器楽曲では、わずか2分ほどのオルガン独奏曲である鬼頭恭一の「鎮魂歌」にある慈しみ。人の心の優しさを身に沁みて思う。あるいは、草川宏の初々しい調べに溢れるピアノ・ソナタ第1番の、ドイツ音楽の系譜を継承する堂々たる音調。

ちなみに、開戦からちょうど1年目の日に書かれた村野弘二の「君のため」は、鎌倉時代後期の皇族宗良親王の御歌に曲を付した1分ほどの歌曲だが、(たぶん戦後73年を経た今聴くからだろう)その詩の内側に潜む壮絶な覚悟と勇気を簡潔でわかりやすい旋律で包み込む傑作。続く歌曲「この朝のあげかひは」は、詩の哀感と同調するようにピアノの前奏がいかにも切なく悲しく、身に迫る。

20余歳で命を落とさざるを得なかった若者たちの「今の想い」と「未来への希望」が刻印されるアルバム。たった今、この瞬間に生まれ、そして、次の瞬間には消えゆく音楽は、何て儚いのだろう。

今を懸命に生きよと。

 

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