旅先で毎日のように妻コンスタンツェに手紙を認めるモーツァルト。
かわいい最上の奥さん! ぼくはきみからの便りが待ち遠しくてたまらないんだ—たぶんドレスデンで手紙がもらえるだろう—ああ、どうか! ぼくの望みを叶えてほしい。—1000回、ぼくらのカールにキスし、心からきみにキスを。
(1789年4月10日付、プラハのモーツァルトからコンスタンツェ宛)
~高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P395
日常の苦悩を紛らすかのような妻への手紙たち。
最晩年のモーツァルトは、仕事にありつくのも大変だったようで、仕事欲しさに何とか時の国王に謁見する機会を得るべく必死だった。その頃の彼の作品の多くは、日銭を稼ぐためのいわば消耗品(?)。それでもさすがにモーツァルト。仕事の動機が何であれ、芯から崇高で美しい。
(1789年4月)25日頃にポツダムに到着したモーツァルトは、早速、プロイセン国王への謁見を願い出、プロイセン宮廷の音楽監督だったフランス人チェロ奏者、ジャン・ピエール・デュポール(1781-1818)と会見した。モーツァルトはおそらくこのデュポールの機嫌をとる目的で、《デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲》(K.573)を作曲したが、国王から謁見の許しはなかなか下りなかった。
~西川尚生著「作曲家◎人と作品シリーズ モーツァルト」(音楽之友社)P175
ミシェル・ダルベルトの弾くピアノは極めて正統。そして、いかにもフランス的なエスプリ、情緒豊かな響きが、聴く者の心に迫る。何て可憐で、また神々しい。
そもそもデュポールの主題が心底美しい。
それに、当然ながらモーツァルトの付した9つの変奏の変幻自在。
変奏曲とは、人生の鏡の如し。悲しみあり、喜びあり、安息あり、激することもあり。本来ならば、酸いも甘いも、感情の揺れが音に如実に刻印されるはずなのに。
興味深いのは何よりモーツァルトの場合。
少なくとも作曲中のモーツァルトは日常の彼とは別人だった。
否、彼はおそらく、思考や感情という俗物を切り離し、感覚、すなわち魂だけで創造行為を働くことができたのだろう。
それゆえにモーツァルトは無心で演奏せねばならない。
そしてまた、無垢の耳で聴かねばならない。若きミシェル・ダルベルトのモーツァルトは赤子の心のようだ。
いずれにせよ、ポツダムで国王への謁見に手間どり、ライプツィヒで場当たり的に演奏会を開いて失敗しているところから見て、この旅行の計画がかなり杜撰なものだったことはたしかだろう。無類の音楽愛好家で自らチェロを演奏したフリードリヒ・ヴィルヘルム二世は、プロイセン宮廷を訪問した音楽家や、外国から作品献呈をしてきた音楽家に、高額な報酬を与えたことで知られている。
~同上書P177
間違いなくモーツァルトには計算があったと思われる。
感覚派の天才ならば、もっと自らの才能の確信のもとあくまで世界への貢献活動としてベクトルを外に向けることができていたなら、様相は変わっていたのかもしれない。
アダージョロ短調の孤独。