ベーム指揮バイロイト祝祭管 ワーグナー「ラインの黄金」(1966.7.26Live)を聴いて思ふ

水による浄化。
樹々の清らかな匂い。
新しい時代の幕開けの慈雨だろうか。

その代わりに、私は夢遊病のような状態に陥り、突然、激しい水の流れに身をさらわれるような感覚にとらえられた。やがてその水音は、変ホ音上の長三和音の響きとして聴こえ、とどまるところを知らない分散和音の連なりとして波打っていったのである。この分散和音は、たえず動きを増しながら旋律を変容させていったが、変ホ音上の長三和音の純粋な響きは決して変化することはなかった。しかもそれは、長く持続することによって、私が身を沈めていた水の元素に無限の意味を与えようとしているかのようだった。そして、まさに大波が私を呑み込むと思われた瞬間、驚愕のあまり私は半睡状態から醒めた。ただちに私は、これまで胸に抱き続けてきたものの、まだ一度もはっきりと見出だすことができなかった「ラインの黄金」のオーケストラ序奏を着想したことに気づいたのである。
(自伝「わが生涯」より)
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ラインの黄金」(白水社)P7

インスピレーションが舞い降りる瞬間を見事に捉えた描写。
大抵が「半睡状態」、すなわちθ波状態のときの天啓というものだ。
確かに「ラインの黄金」前奏曲は不朽。およそワーグナーが生み出した天才的音楽の中でも屈指のもの。

・ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
テオ・アダム(ヴォータン、バリトン)
ゲルト・ニーンシュテット(ドンナー、バス)
ヘルミン・エッサー(フロー、テノール)
ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ローゲ、テノール)
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ、バリトン)
エルヴィン・ヴォールファールト(ミーメ、テノール)
マルッティ・タルヴェラ(ファーゾルト、バス)
クルト・ベーメ(ファファナー、バス)
アンネリース・ブルマイスター(フリッカ、メゾソプラノ)
アニア・シリア(フライア、ソプラノ)
ヴィエーラ・ソウクポヴァー(エルダ、アルト)
ドロテア・ジーベルト(ヴォークリンデ、ソプラノ)
ヘルガ・デルネシュ(ヴェルグンデ、ソプラノ)
ルート・ヘッセ(フロースヒルデ、メゾソプラノ)
カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1966.7.26Live)

推進力抜群の、威勢の良い全盛期のベームの指揮は前奏曲から絶品。
ライヴゆえの瑕をものともせず、音楽はどの瞬間も活気に満ちる。
ヴォータン(アダム)、ローゲ(ヴィントガッセン)、アルベリヒ(ナイトリンガー)の強欲な駆け引きを描く邪悪な第4場が聴きもの。

ローゲ (ヴォータンに)
満足しましたか?
放してやりますか?
ヴォータン 黄金の指環が
お前の指に光っている。
小人よ、いいか、
それも身の代金として申し受けよう。
アルベリヒ 
(ぎょっとして)
指環だって?
ヴォータン
手放せ。
アルベリヒ 
(声を震わせ)
命はやっても、指環は渡さぬ。
ヴォータン 
(さらに語気を強め)
私が欲しいのは指環、
命など好きなようにしろ。
アルベリヒ この身が助かるのなら
指環も助からねば
意味がない。
この金色の指環は
五体よりも大切な
俺の命そのものなのだから。

~同上書P91

この際、邪な心は忘れよと、水に流してしまえと前時代からの「意思」がのたまうかのよう。
エルダ(ソウクポヴァー)の神々の長への警告の意味深さ。

エルダ
(戒めるように片手をヴォータンに向かって差し伸ばし)
やめさないヴォータン、ここは譲って
指環の呪いを避けるのです。
指環を持ち続ければ
身の破滅を招き
暗い奈落に堕ちるのです。
ヴォータン 警告するのか、何者だろう?
エルダ 太古より
未来永劫にわたる
現し世のありさまを
くまなく見通す私こそ
万物に通じた
始原の巫女。
そのエルダがあなたの胸に問うのです。

~同上書P105

「指環」序夜のクライマックスたるヴォータンの選択の、時間の停止した「静なる場面」をいかに音化するか。ベームの指揮は緊張感に満ちる。

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