ソコロフ ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」ほか(2013.8.23Live)

ルドルフ大公とベートーヴェンが深い絆でつながっていたことはよく知られた事実だ。
ベートーヴェンは大公にピアノを教え、相当の腕前を持っていた大公がベートーヴェンの傑作諸作を初演したという事実も間違いことのように思われる。

ファウスト ケラス メルニコフ ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97「大公」(2021.3.27Live)

ところで私は閣下に、私についてのさまざまな情報に耳を貸さないよう、お願いします。私はすでに当地でさまざまなことを耳にしていて、お喋りの類いですが、閣下に仕えるとか信じられています(原注:もしかしたらベートーヴェンは、ルドルフ大公の執事で1820年2月29日より執務参事官のフェルディナント・トロイアー伯のことを念頭に置いている。ベルナルトはちょうどこの頃、彼が主君にネガティヴな影響を与え、うぬぼれており、無遠慮だと咎めている)、閣下が私をあなたの大切なもののひとつに挙げておられるとすれば、私は自信たっぷりに言うことができます、閣下は私にとって宇宙で最も大切なもののひとつです、私は宮廷人でもないし、閣下は私のことを、単なる打算的な利害の人間ではなく、真の内的なつながりが私をいつも閣下に結びつけ魂を与えられている、とよくご存じだと信じています。
(1820年4月3日付、ルドルフ大公宛)
大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P379

何と誠実な心の内よ。
耳疾を患うベートーヴェンにあって、心の耳で聴き、奏で、創造した音楽を大公はいかに湿潤に、あるいは浪漫豊かに演奏したのかどうなのか(ベートーヴェンが初演を託するのだからその信頼たるやかなりのものだったことだろう)。

現在、僕の中で最右翼の「ハンマークラヴィーア・ソナタ」はグリゴリー・ソコロフの、ザルツブルク音楽祭でのライヴ録音だ。
完璧なテクニックで整えられた造形と、地の底から湧き出るエネルギー、そしてピアニストの内面から湧き立つ詩情と癒しの思念。まさに技術と精神性が一体となって表現される巨大なソナタに言葉がない。

・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」
アンコール~
・ラモー:やさしい訴え(第3組曲第1番)
・ラモー:つむじ風(第3組曲第7番)
・ラモー:一つ目の巨人(第3組曲第8番)
・ラモー:いたずら好き(第3組曲第5番)
・ラモー:未開人(第2集第5組曲第7番)
・ブラームス:間奏曲変ロ短調作品117-2
グリゴリー・ソコロフ(ピアノ)(2013.8.23Live)

テンポはかなり遅い。
しかし、もたれることは一切なく、音楽の弛緩もない。おそらく祝祭大劇場の現場でリアルに体験した聴衆は一層の集中力豊かな演奏に恍惚となり、同時に舌を巻いたのではないか、そんなことを思わせる透明な音楽が眼前に現出する。
第1楽章アレグロは、もはや冒頭からベートーヴェンの復活かと思わせる生命力!
一つ一つ丁寧に歌う、可憐な第2楽章スケルツォ(アッサイ・ヴィヴァーチェ)の喜び!
そして、完璧なる第3楽章アダージョ・ソステヌート(21分半!)から複雑なフーガを含む終楽章の幻想に得も言われぬ幸福を感じるのは僕だけか。

アンコールのジャン・フィリップ・ラモーのクラヴサン曲集からの諸曲がまた出色。
(軽快でありながら何と哲学的な深遠さを秘めることか!)

軽く指慣らしのように弾き始める最後のブラームスの作品117-2は、最晩年のブラームスの「孤独」の心境が文字通り「悲しげに」語られる。何とまぁ美しい、繊細で孤高な音楽であることか。

グリゴリー・ソコロフは今僕が実演で聴いてみたいと思うピアニストの一人である。
30余年前、上野の文化会館小ホールで来日リサイタルを開いているが、それ以降の来日はあったのかどうか、勉強不足で知らない。まして当時、ソコロフの名前を迂闊にも知らなかったゆえ、演奏会情報に手が届かなかった。当時FM放送のエアチェックを聴いて思うは、実演に触れえなかったことへの無念ばかり。

今や飛行機嫌いの巨匠の来日はほとんど望めない。それならば僕が、巨匠が登場するリサイタルに出かける機会を持つしかないのかどうか。

グリゴリー・ソコロフ シューベルト 3つのピアノ小品D946ほか(2013.5.12Live) カラヤンの「ナクソス島のアリアドネ」を聴いて思ふ カラヤンの「ナクソス島のアリアドネ」を聴いて思ふ

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