ヘレヴェッヘ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉第606回定期演奏会

少なくとも僕にとっては衝撃のロベルト・シューマン。
予想はしていたのだけれど、予想以上に、作曲当時のシューマンの狂気が見事に露見された演奏だった。危うい、何とも危うい。第1楽章序奏ソステヌート・アッサイから、不安定な音の塊が、堰を切るようにどっと流れ出す様に僕は恐怖を覚えた。何とも苦悩の音調が、決して衰えることなく、終楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェのコーダまで延々と続くのである。

速めのテンポの、一切の思い入れを排した交響曲第2番ハ長調。音はどこまでも透明なはずなのに、靄がかかったようにどうにも暗い。そもそもシューマンのオーケストレーションの問題もあるのだろうが、それでもこんな演奏に触れたのは初めてだ。
音楽の重心は極めて低い。その意味では、当時精神疾患を抱えていたシューマンの心情を正確に捉えていることは間違いない。第2楽章スケルツォも、第3楽章アダージョ・エスプレッシーヴォも、どの瞬間も分裂の極み。これこそ、一切の虚飾ない真実のロベルト・シューマンの姿なのだと僕は思った。苦しみの叫び、そうかと思うと静寂に溢れる安息の囁き、愛するクララへの愛の発露を伴いつつも、コントロールを失い、自らのエゴが居ても立ってもいられず爆発する様の、何という哀しさ。両翼に配置されたヴァイオリンが(交互に)甲高い音を奏するときに、思わず涙が出た。
指揮棒を持たず、両手で見事に音を紡ぐフィリップ・ヘレヴェッヘの解釈には、音を絞り込み、刈込んだ(?)がゆえの、赤裸々な魂の告白がある。シューマンは本当に苦しかったのだ。

新日本フィルハーモニー交響楽団トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉第606回定期演奏会
2019年5月31日(金)19時開演
すみだトリフォニーホール
仲道郁代(ピアノ)
崔文洙(コンサートマスター)
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
・メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26
・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54
~アンコール
・シューマン:トロイメライ~「子どもの情景」作品15
休憩
・シューマン:交響曲第2番ハ長調作品61

序曲「フィンガルの洞窟」は、いかにもメンデルスゾーンの描いた淡い水彩画のような、清廉な演奏。光と翳の交錯から浮かび上がる作曲家の心象風景の妙。

続くシューマンのピアノ協奏曲。僕は仲道郁代の弾く協奏曲に驚いた。ヘレヴェッヘ指揮するオーケストラ伴奏の、どちらかというと透けた軽快な音に対して、あの小さな身体のどこから湧き出すのかと思うほどの力に溢れた独奏。とても感激した。これぞ全身全霊のロベルト・シューマン。
おそらくクララがこんなような調子で弾いたのではなかろうかと思わせる怒涛のピアノ協奏曲。第1楽章アレグロ・アフェットゥオーソ展開部の得も言われぬ愛らしさ。カデンツァの雄渾さ。第2楽章インテルメッツォはもちろん優雅で美しかった。しかし、それ以上に終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェには、大いなる自信と自負が刻印されていた。

ちなみに、アンコールの「トロイメライ」は絶品。
それは、夢見る音楽、というより実に現実的な、地に足の着いた音楽だった。

ところで、開演前の18時30分からチェロカルテットによるロビーコンサート。
チェロのスティーヴン・フィナティ氏が33年勤め上げたオーケストラを今日明日の定期を最後に退団されるそうで、森澤さんの挨拶の後、グルッツマッヒャーの「聖歌」が奏された。美しかった。

ロビーコンサート
・グルッツマッヒャー:「聖歌」作品65
チェロカルテット
川上徹、多田麗王、スティーヴン・フィナティ、森澤泰

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